. ページ18
.
あの時の光景が頭に思い浮かぶ。心臓あたりを手で抑え蹲って助けを呼ぶ、情けない娘にも嫁にも暴力を振るい汚い言葉を浴びせ、金をせびる最悪な父親の姿を。
｢…私は、救急車を呼ぶことが出来ませんでした。焦って呼べなかったとかじゃなくて、携帯すら出そうとしなかったんです。このままこの人が居なくなれば私たちはどれだけ幸せになれるんだろうって頭によぎりました｣
──私は実の父親を見殺しにしたんです。
震える声で顔も見えない仕切りの向こう側にいるジョンイン神父様に向かって、そう言った、言ってしまった。
日本に帰って警察に自首しろと言われるだろうか、この村には居るべき人間じゃない今すぐ出て行けと言われるだろうか、そんな不安が今更襲ってくる。しかし言ってしまったものは取り返せないため、震える手を膝の上で握りしめていると何故か彼は部屋を出て、私の部屋に入ってきた。椅子に座る私を見下ろすジョンイン神父様は、何故か目を真っ赤にしていて今にも泣きそうだった。
なんで貴方が泣きそうなの、そう伝えようとすると再び彼に抱きしめられ驚いて言葉を失ってしまう。
｢…Aちゃん、よく頑張ったね｣
｢がん、ばったのかな、私｣
｢うん。自分とお義母さんを守ろうとしたんでしょ？頑張ったよ、大丈夫、こうして今Aちゃんが生きてる事実がAちゃんが頑張った証拠だからね｣
私が見殺しにした事への批判だとかそれへの罪だとかそんなことは一切言わずに抱きしめて大丈夫、頑張ったえらいね、大丈夫だからねと繰り返すジョンインくんの優しい声が涙腺を再び緩くする。
｢わた、し…怖かったの、あのままだと…ｯ私とお義母さんが、死んじゃうとおもったの｣
｢うん…、うん｣
｢だか、だからｯ、あの時ざまあみろって…、そう思っちゃった、ごめんなさい、私、私は…ｯう、ぁ…ｯ｣
｢きちんと懺悔できたんだから、Aちゃんはもう大丈夫だよ僕がついてるから、ね？｣
わんわん泣く私の背中を摩り続けてくれて優しく声をかけてくれるジョンインくん。暫く泣き続けたにもかかわらずそれに付き合ってくれて、もう時間は夕方になっていた。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 315人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：おむすび | 作成日時：2023年7月23日 22時
