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「痛…」
頬がヒリヒリする。すぐ叩かれたと理解した。
前髪からはポタポタと雫が落ちる。襟足からも垂れた水が、服を濡らして冷たい。あぁ…借りた服なのに。
F「ちょっと！ほんと、落ち着いてって！！」
「はあ？！こんな現場に出会して、落ち着けって言う方がおかしいでしょ！」
F「だから、こんな現場っていうのがまず間違ってるの。
男と浮気なんて、するわけないでしょ」
「するわけないから気持ち悪いし、気悪いのよ！」
F「だから、誤解が過ぎるってば」
俺が見えていないのだろうか、というほどに目の前で繰り広げられる口論。
太輔くんがこんな声を荒げているのも初めて見た。彼女さんは初めてじゃなかったりするのだろうか、なんて。
こんな修羅場でも、そんなことをずるいとか思う。
何もできずに、ずっとベッドで座ったままでいると、彼女さんに腕を引っ張られ寝室から放り出された。
「痛…」
勢いよく投げ出されたせいで尻もちをつく。頬の次は、尻が痛んだ。
情けない。太輔くんにカッコ悪いところ見られてしまった。
こんな時にでも、そんなことを考えているから、さぞかし俺は顔に出ているんだろうと思った。
昨日隠れて見られていたらしい時も、明らか太輔くんに恋してますって顔でもしていたんだろう。そうでもないと、普通怪しまれないよな。
「ほんっと気持ち悪い。ありえない」
F「ちょっと…本気で俺が男とやましいことしたって思ってるの？」
「思ってるわよ！！」
F「そんなことするわけないから…」
「だって最近ずっと変だったじゃん！
私じゃなくて…こんな男が！好きなんでしょ？！」
太輔くんは落ち着いていた。寝起きからずっと、寝起きとは思えないほど冷静に嘘をついているし、こんな俺のダサいところ見ても何も反応していないし。
落ち着いているのは、バレるわけないって思っているのもあるだろうが…
F「そんなわけない。お前が好きだよ」
ああ、俺へ気持ちがないから…こんなにスラスラ嘘並べられるんだって、今度は心が痛かった。
手をつき立ち上がる。
「ほんと、怪しい行動とってごめんなさい。でも…本当に俺太輔くんと何もないから。太輔くんのこと許してあげて」
ちょうど近くのソファに置いていた俺の荷物を掴む。
「じゃあ、ほんと…ややこしいことしてすみませんでした」
そう言って、2人に背を向けた時に落ちた雫は
多分、髪からじゃなかった気がした。
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作者名：櫻弓 想
| 作成日時：2022年12月20日 19時
