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「はい」
翌日、病院で望に楽譜を渡した。
「読みにくいやんな。ごめん」
「全然ええよ」
まじまじとその紙切れを見とる望。
私が見られとるわけやないのに、なんか恥ずかしくて。
気を紛らそうと自動販売機でミルクティーを買った。
望のところへ戻ったら、バッと顔を上げてキラキラな瞳を私に向けて、
「Aの曲やな」
なんて意味不明なことを言うんや。
「は?」
確かに私が作ったけど。
私が考えたリズムと音やけど。
「私の曲?」
「そう!ピアノの音もあったかくて優しくて好きやったんやけど、この曲もあったかくて優しいねん」
私の頭の上に大きなハテナマークが浮かぶ。
「音楽って、なんのためにあるか知っとる?」
急な問いかけとさっきの言葉で頭が全然追いつかへん。
「え?あー、ちょっとまってや」
一度頭を整理して、ひとまず質問されたことを考えた。
「芸術を楽しむため」
「まあ、それもあるんやけど、それだけやないやん?」
それだけじゃない?じゃあほかに何があるんや?
「Aがピアノを弾いていた理由は?」
…、ああ、そういうことか。
「お兄ちゃんを、笑顔に、したくて…」
「なんや、ちゃんと分かっとるやん」
上から言われとる感じでイラッとしたけど、望の考えを聞いて、確かに納得ができた。
「これは俺の考えやけど。
音楽っていうんは、“ 気持ちを伝える手段 ”やないかな?
例えばAやったら、お兄さんを笑顔にしたい、っていう気持ちやろ?」
ぶっ飛んだ話をしとるように思えて、実はしっかり芯が通っとる。
それが望や。
さっき望が言った、あったかくて優しい音、の意味もなんとなく分かった気がした。
「この楽譜にはAの、音楽って楽しい、って気持ちがこもっとんねん」
お兄ちゃんの音があったかくて安心したのは、私と同じ気持ちやったからなんや。
「それに、流れる旋律が、Aのそのものや。せやから、Aの曲や」
形は曖昧で、それでいてはっきりしとる。
それが音楽なんや。
なんだか改めて思い出したような、不思議な感覚になって。
頭の中でぼんやりと、私の描いた旋律をなぞった。
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作者名:えぇふぇす | 作成日時:2018年9月2日 0時