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直後、悟る。
コレは、ヤバいかもしれない。
全てがあまりにも急で、脳が処理する時間が足りていない。
『りょうく、ん』
あまりにもカサついた呼びかけは、彼の耳に入らなかったようだ。
りょうくんの背中が遠ざかる。
やめて、行かないで。
りょうくんは知らない。
修さんのことも、私のことも。何も。
だから、気を遣うつもりで1人にしたんだろうけど、これは。
周囲からの視線の中に、あの粘り着くような視線があるような気がする。
今もこの瞬間、隣に来るかもしれない。
また、全て奪われて。陵辱を味わうかもしれない。
沢山の他人は、唯一の知り合いに決して勝てない。むしろ、他人が居るほどに怖くなる。
りょうくんの背中がとうとう見えなくなった。
とうとう、1人だ。もしここで男が現れれば、私は。
背中に鉄板でも押し付けられているかのように動けない。
冷たくて重い海に閉じ込められたようだ。
大丈夫。落ち着け。ここは公衆の面前。あの男も、こんな所で襲ってくるはずがない。
それになによりここは名古屋だ。あの人は岡崎に住んでるはず。
…………でも、もし知り合いのふりをして陽気に寄って来られたら？私はきっとその手を払えぬまま、拉致られる。
それにあの人は車持ちだ。名古屋まで尾行することなんて、簡単だろう。
悪い想像が進めば進むほど、視野狭窄になっていく。
目の前のコーヒーのカップがドロドロに崩れる。窓の外の往来を行き交う人々が、線のように見える。
これは、本格的にやばい。
ガンガンする頭の片隅で、不意に軽やかなベルが鳴った。
カラコロ。カラコロ。
まるで、コップに氷が当たったような。夏の音。
と「浅谷さん」
泣きそうになった。
ああ、助かったと。心の底から思った。
『としみつくん』
唯一、真っ暗な世界で彼だけが見える。
ただ1人、私の知っている人。
下がり眉から顎へ、汗が垂れる。
『たすけて』
心からの悲鳴は、聞こえただろうか。
としみつくんは無言のまま私に寄って来て、そして手を取った。
と「大丈夫。すぐてつや呼ぶから。1回俺の車まで行こう。歩けそう？」
俯く私の目をちゃんと見るためにわざわざ跪き、彼は私のカバンを掴む。
『歩ける。てっちゃんは呼ばなくて大丈夫。呼吸は出来てるから』
と「分かった。とりあえず出よう」
手を引かれるがまま、私はとしみつくんと共に太陽の下に舞い降りた。
『まぶしい』
今の私に陽射しは強すぎた。
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作者名：蚕虫 | 作成日時：2023年10月23日 10時
