【CS集】鮮やかな記憶【鈍喰夜行】 (ページ4)

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【生い立ち】
　佐倉こと桜屋秀二――酒屋として繁栄した商家、桜屋家の次男である。

　江戸の誰もが知る、とまではいかないが、酒豪の間では知名度の高い名家である桜屋家には、すでに優秀な兄が生まれていた。
　この時代にはよくある事かもしれないが、平凡な秀二の扱いは“予備の跡継ぎ”であった。本人にその頃の記憶はあまり無いらしい。ただ、両親に褒められる反面、厳しく躾けられもする兄を羨ましくも可哀想だなという目で見ていた。
　両親とは話さなかったが兄弟仲は良く、勉強や稽古ばかりで遊ぶ時間のない兄を憂いつつ、“兄さん”と呼んで慕っていた。

　親の金で育ち、使用人が必要最低限の世話をしてくれて、ぬるま湯に浸かったような“何不自由ない生活”を送っていた、16歳の春の事だった。
　その日は誕生日だったが、両親も使用人と覚えていなかったと思う。兄だけが朝、すれ違った時におめでとうと言ってくれた気がする。
　誕生日なら少しくらい許されるだろ、あいつらどうせ俺の事どうでもいいし、と、生まれて初めて一人で屋敷を抜け出した。

　今まで近寄らなかった裏通りや怪しげな町に、貧しい子供たちが駆け回る野山。楽しくなって、どんどん冒険した。さすがに日が暮れるとまずいので、その日の内に帰ったが、兄以外は誰も心配しなかった。
　それからは隙を見て屋敷を抜け出しては、色々な人と話すようになった。自分よりずっと過酷で広い世界で、一生懸命生きている彼らが羨ましかった。

　それ以降、少しずつ家に居る時間の方が減っていき、唯一家督を継いだ兄とだけは定期的に顔を合わせてはいるものの、兄に心配されての事なので自分からすればあまり会いたくない相手。呼び方もいつの間にか“兄貴”に変わったが、何だかんだ嫌いにはなれない様子。

　自分を愛していない親に無条件に養われ続けるのも癪(しゃく)だったので、何か外の人間らしい(･･･････)仕事を探していた時、あの看板を見つけた。兄に教えてもらった剣術があるし、人の為になる仕事なら罰は当たらないだろう。何より、“生きている”という実感が欲しかったのだ。
　亜修羅隊が結成された本当の目的を明かされた時、彼が深く考えずに了承した事にも、そのような理由があったのである。