知らない世界で(O.K) ページ7
"はっすん！"と俺を呼ぶ声が聞こえない。
おはようのチューも2人で囲む食卓もない。
遅刻寸前までソファでダラダラするAを急かす俺もいない。
大橋「おはよー…」
ポツリと呟いてみた。
勿論返事はない。
1人きりの部屋に虚しく響き、溶けて消える。
寂しいなあ―
ふとそんなことを思った。
自分で自分のことを理解していなかった。
俺はAがいないと生きていけないことに初めて気付いた。
俺ってこんなに依存してたんや。
ゆっくりと瞬きを繰り返してAの顔を思い浮かべる。
だけど上手く想像できない。
毎日顔を合わせていたはずなのに。
Aは昨晩から来週にかけてドラマの撮影で大阪に帰っている。
その後東京に戻ってきたところでまたすぐに大阪へと戻ってしまう。
やっぱり寂しい。
どうしようもなく寂しい。
徐に手に取ったスマホでAに電話をかけた。
A「もしもし？」
聞こえてきたいつも通りの声に心の底から安心した。
大橋「…A？」
A「うん？どうしたん？」
安心も束の間、またすぐに胸が苦しくなった。
電話越しの声が耳元で響き、傍にいない事実をより強くさせるから。
大橋「…ううん、何もあらへんで」
A「え？これ何の電話？」
大橋「撮影頑張りや〜って電話」
"何それ"と笑うAがこれから暫く過ごす俺の知らない世界。
そこには共演する俳優さんやスタッフさん、数多の新しい出会いが待ち受けている。
不安にならないわけがない。
どんな人と出会ってもどんな景色を見ても、俺のことを1番に思っていてほしい。
常に頭の中に思い浮かべていてほしい。
欲を言えば、俺と同じくらいの依存状態に陥ってほしい。
大橋「…A？」
A「ん？」
そんな我儘、直接ぶつけられる訳がなくて。
喉元まで出てきてすぐに引っ込んで、俺は言葉を紡ぐことができなかった。
A「…はっすん？どうしたん？」
なあ、目移りなんかしたらあかんで？
俺のこと見捨てんといてや？
A「もしもし？はっすん？」
大橋「…撮影頑張りや、」
A「え？ほんまにそんだけ？」
大橋「あかんの？」
A「いや、ええけど…」
1人きりの部屋に溜め息が響く。
持ちきれないほどの重い愛は一体どこへしまっておけば良いのだろう。
大橋「A…好きやで」
A「ん、私も。」
Fin
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作者名：わさび醤油
| 作成日時：2022年9月23日 7時
