永遠色グラフィティ

虜(4) ページ37

「手越！」

停まると同時に車から飛び出す愛しい人。


こんなに簡単に人の心が変わるなんて思わなかった。

その後ろ姿に胸が痛んだけれど、

やっぱり一人にはできなくて後を追う。


エントランスを入ると、風除室で跪く人影が見えた。



「乗って」

おぶろうとかがむと、


「ありがと・・」

思っていたよりも軽い体。

ぎゅと俺の背中にしがみついた。


ずっとこのままでいたいって思ったけれど、

そんなこと手越は思いもしないだろうな。




「大人二枚」

訝しげな受付嬢の脇を通り過ぎて会場に入る。


「どこ行くの？」

尋ねながらじんわりと背中に感じる手越の熱。


「まっすぐ、奥の方・・」

顔を上げているのも辛いのか

頬っぺたが背中にくっついている。


「手越、ほんとに・・」

大丈夫なのかと問いかけた時、

ストンと背中が軽くなった。




「エマ・・」

そこには緑のドレスを着た黒髪の女性が立っていた。


さっきまでふらふらしていたのが嘘のように

しっかりと立っている。



ーーーーーーーー



「祐也、来てくれたのね」


「うん、行こう、エマ」


手を伸ばすと、エマの視線が俺の後ろに向かった。



「どうしたの？」

言葉を失うエマ。

胸の中の赤ちゃんが泣き出したのに、あやそうともしない。


「エマ・・？」

振り向くと、そこには冷たい床に横たわるシゲがいた。


「シゲどうしたの！？シゲ！」

驚いてかけよると、触れた体が冷たい。



「祐也、もう私は帰らないといけないみたい」


「えっ？」


「ありがとう祐也。

彼を大切にしてね、彼は・・」


「エマ？」


寂しそうだったエマの顔には

明るさがのぞいている。



「さよなら」


俺にさよならを言わせることなく

エマは目を閉じて、

そのまま、彼女を照らしていた照明が落ちる。


胸の高鳴りが止まないまま立ち尽くしていると、

誰かが駆け寄って来る。



「お客様、失礼致しました。すぐに照明をつけますので」

学芸員らしい人が言うとすぐ、

天井のライトが灯る。



「エマ・・・」

灯りの中には、出会ったときと同じように

悲しそうに目を細めるエマがいた。



「この人が、エマだったんだ」

後ろでシゲの声がする。


「おっきい絵だなぁ」

俺たちの二倍くらいもあるその絵には、

”喪服姿のエマ”という題名がついている。


右下には作者のサインと、1772の文字。



肩に触れたシゲの手のぬくもりを感じて、

気付けば目から涙が零れた。





(つづく)

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