永遠色グラフィティ

虜(3) ページ36

珍しく一番乗りかな？と控え室に入ると、

ソファーには先客がいた。


「てーごにゃん！」

おはようと背後から肩に抱きつくと、コテンと首を前に倒す。


「手越？」

やけに熱い体と、見るからに不健康そうな顔色。

こんな手越は初めてだ。



揺すっても頬を軽く叩いても、目を覚ます気配はない。

そうこうしているうちに、シゲが来た。


「小山おはよ〜」

俺を認めて笑顔を見せたシゲが、腕の中の手越に気付いて固まる。


「具合悪そうでさ、起きないんだよ」

「小山、早く病院」

みるみる青ざめるシゲの顔。


「だ…いじょぶ…。撮影、しよ」

目を薄く開く手越だけれど、その顔は全然大丈夫そうには見えない。


「黙って。行くよ、手越」

シゲは手越をひょいと抱きかかえ部屋を出た。




ーーーーーー



「シゲ…良いから…。

戻ってよ、シゲ…」

力も出ないくせに、俺の腕から降りようと暴れ出す。



「お前が何しようと勝手だけどさ、

悲しませるなよ、みんなのこと」



もう俺に気持ちがないのはわかってる。

他の誰かに夢中になっていることも。

その人は、今までの誰とも違う存在だ、ということも。



仕方がない。

人の気持ちは他人が変えられるものじゃないって、この年になればわかる。



だけど、


「許さないよ、傷付けたら…」

誰より大事な人たちを。



なのに手越は言うのだ。


「ごめんなさい。

今回だけ、俺のわがまま許して…」

なんて。


「うるさい。聞きたくない」

誰にも左右されない手越が好き。


女だか男だか知らないが、

誰かに翻弄されるお前なんか見たくないよ。


「シゲ…美術館、連れてって…」

目尻から涙を溢しながら言う。


「元気になったらな」

「それじゃあ間に合わない…。

今日行かなくちゃ…だめなの…エマ…」


エマ？

女の人…。


助手席に乗せた手越は目を閉じた。


「エマ…待っててね。

俺…助ける、から…」

赤い顔をしてうわ言のように繰り返す。



「助けるって、どういうこと？」

なかなか車を発進できずに鍵を握り締めていた。


「エマ…閉じ込められてるの…」


は？美術館に？

「何言って…」

熱でおかしくなってるのか？

それならそっちの方がよっぽどマシだけど。


「お願い」

急に目をぱちっと開け、ハンドルに置いていた左手を掴まれる。


「美術館行って」

その瞳は、彼の意志の強さを表す一番有効な武器。


それがもう自分を向いていないことに、絶望していた。



(つづく)

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