永遠色グラフィティ

泣きたい理由(4) ページ31

「…まっすー…」


俺の顔を覗き込んだシゲが

途方にくれたように言う。



「…泣いてんの？」


「泣いてなんかないし」


逸らした目の端に、

それでもシゲが入り込む。



「入って来ないで…」


「え？」


こぼれ落ちる涙を拭えぬままに

睨みつける。



「入って来んなって言ってんの！

嫌なんだよ…。

乱されんのも、

あんな思いすんのも」



同性愛者だと言うだけで

普通に暮らせない世界ならば。


何も悪くないのに差別を受けるならば。


そして何より、

愛する人を泣かせてしまうならば。



「俺は選べないから。

シゲのこと。

…選べない」



いつの間にか上がった雨。


石畳はしっとりと濡れていて、

まるで俺の心みたい。


もう激しい雨ではなく、

諦めかけた、薄暗い気持ち。




「世間て、厳しいよな」


サッと俺の涙を親指で拭い、

シゲは濡れたベンチに腰掛ける。



「冷てっ」


小さく呟く低い声さえ、

逃したくないと思った。



「どんなに間違ったことでもさ、

沢山の人が賛成すれば通る世の中だもん。

俺らにはどうしようもない」



役目を失った傘を閉じたり開いたりして、

夜空にかかげる。


赤い傘から、

きれいな雫がポツリと落ちた。




「俺はさ、間違いだとは思わないし、

自分の気持ちを否定したくないって思う。

今までずっと、思うようにいかない事だらけの人生だったけど。

好きな人だけは、一緒にいたい人だけは、

どんなことしてでも守りたい」


あんなに不安げだった、少年のシゲの面影は

もうどこにもありはしない。




「あの二人、幸せだったと思うな。俺」


そう言ってシゲは傘を置いて立ち上がり

お尻をパンとはらう。


世間からは好奇の目で見られ、

部屋も貸してもらえず、

何をするにも親戚だと偽るしかなかった。


訳ありの子どもを引き取ろうとしたけれど、

裁判で認められない。


どんなに愛情を持っているかは、

一目瞭然だったのに。


誰よりも、大切に思っていたのに。



「ずっと、少数派だったじゃん、俺たち」


「少数派？」


「うん。

ファンも少ない、知名度も低い、人数も減る…。

だけど、俺たちのファンは最高だって心から思うし、

これから知名度上げてくぞって、士気にもなるし、

人数だって…さ…」


流石のシゲも、人数が減り続けたことまでは肯定出来ないのだろう。


俯き、傘で地面を突く。



「俺には何人だろうと変わらない。

まっすーがいるなら」




つづく

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