僕の誕生日＜NEWS編＞

結ぶのは後にして(２) ページ29

梅雨の明けきらない、爽やかとは言い難い朝。


そんな日の出勤も苦にならない、大好きなスタイリストの仕事。


今まではアシスタントとして、指示された洋服や小物を集めるのが主だったけれど。

ようやく独立を許されて、最近では衣装のアイディアを聞いてもらえるようにもなった。

しかも最近は、

俺の大好きなアイドルグループ

"チェリッシュ"の衣装にアイディアを採用してもらえて。


嬉しくて嬉しくて俺は、クールで通っている表情を崩さずにはいられない。


「ま、増田さん、」

いつも一番乗りの俺が

局の前室でコーヒーを飲んでいると、

後ろで控え目な女の人の声がした。


えっ？

人の気配なんかしなかったのに。


けれど振り向くと、そこには見知った顔が不安気に俺を見ていた。


「あ、Aさん。

おはようございます」


件のチェリッシュに所属するAさんだ。


「あの…」


柔らかな雰囲気で、

だけど時々ズバッとした物言いをするAさんは、

そのギャップが受けて、結構人気がある。

見た目は丸顔にメガネをかけた、おかっぱ頭の優等生タイプ。


まぁ、俺の推しメンではないんだけど。


「あの、今回の新曲の衣装…なんですけど、」

テレビに出る時とは対照的な小さな声で、Aさんは言った。


言ったっきり、顔を赤くして俯いてしまう。


「えっと…衣装、何かありました？

もしかしてサイズあわないとか？」


挨拶以外の言葉を交わした事のないAさんに話しかけられ、

少なくとも俺は、動揺していた。


「えっ？

いえっそんなんじゃなくて…」


「じゃあどんな…？」


「あの、だから、あの衣装が…」


はっきりしないAさんの態度に段々イライラして来て、

それでもやっぱり俺の大好きなチェリッシュのメンバーだと思うと邪険にも出来なくて。


言葉を探して困っていると、

Aさんの向こうから、

俺の推しメン、"シゲ子ちゃん"が歩いて来た。


「あっ、シゲ子ちゃん来ましたよ！」

天の助けとばかりにそう言うと、

Aさんは一瞬がっかりした顔になり、

「じゃあ私、失礼します」

ペコっとお辞儀すると、俺の横を通り過ぎて行ってしまった。



「増田さん、おはようございますっ！」

今日もシゲ子ちゃんの笑顔は可愛らしく、俺に元気をくれる。


「シゲ子ちゃんおはよう」

クールを装う俺は、それ以上は口に出さず、爽やかな笑顔で答える。


そうして今日も、俺の一日が始まった。




(つづく)

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