僕の誕生日＜NEWS編＞

結ぶのは後にして(１)　＜増田貴久 7.4＞ ページ28

今日も駄目だった。


「ありがとうございます」

その一言を届けるのが精一杯。


「増田さんの選んでくれる衣装大好きです」

ただそれだけ、伝えたいだけ。

なのに。


増田さんは今日も忙しそうで。

いつだって忙しそうで。


ううん、そうじゃない。

ただ私の勇気が足りないせいで。


「あ、あのっ」

俯いたままの小さな声は届かない。


「はいっ！Aちゃん終わりねっ！」

いつものように、大きな手で背中をポンと押される。


"いってらっしゃい"の、合図。


私は振り返り、増田さんの額に流れる汗を

そっと差し出したハンカチで拭う。


「ありがと」と、

照れた笑いを私に向けてくれるのは、

そう。

いつも見る、夢の中でだけだ。


「またかぁ」

目覚める前から夢だとわかっていた。


家の隣の保育園から聞こえる子供たちの声に紛れた夢は。

より一層の寂しさを、私に与える。


汗をかいていたのは自分で、

シャワーを浴びようと立ち上がると、

机に置いてあった携帯が一度だけ光った。


なんだろ。


届いたメールは何てことはない、携帯の利用料金のお知らせ。

なぁんだ、とそれを閉じ、ふとチャットアプリを開く。


増田さんがタイムラインに自分の近況を載せることなんてないけれど、

携帯を開く度にチェックしてしまう。


プライベートの話をしたことなどもちろんない彼が、今何をしているのか。


知る術がない、仕事場で会うだけの。

関係とも呼び難いそれを。

どうにかしたい思いは日に日に増すけれど。


こんな、年だけは一丁前の新人アイドルの自分には、どうすることもできないでいた。


お知らせが目に入ってタッチする。


「あ…」


それは、増田さんがプロフィール写真を変えたという知らせで。


「これ…」


それは私たちの新曲の衣装の、

しかもグループ四人のうち私の衣装の、

私が特に気に入っている、

背中に並ぶ小さなリボンの、

アップの写真。


「この部分のアイディア俺が出した！お気に入り！^ ^」

添えられた増田さんの言葉。


「そうなんだ…」

呟くことしか出来なくても、私の胸はいっぱいになっていた。


増田さんが考えてくれた衣装を着られる幸せをいつも感じてはいたけれど。


あまり自分の感情を表に出さない増田さんの、

少しだけ漏らしてくれた本音。


"イイネ"を押すのを堪え、携帯を閉じる。


明日言おう。


この衣装、大好きです、って。

この部分、すごく可愛いです、って。


笑顔で。


(つづく)

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