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ふっ、と顔を上げて辺りを見渡すと、
櫻井さんは、随分遠いところにいた。
無意識にちょこちょこ、と移動したのだろう、
後ろを向けば、私がつけた足跡が砂の上に残っている。
.
煙草の煙が宙に浮いて消える。
白い棒を挟む長い指を遠くから見つめていると、
ふ、とこちらに視線をやった彼と目が合った。
.
にっこり、と笑って
煙草の火を消した後、立ち上がってこちらにやってくる。
.
好きだ、と思った。
私が傍に寄って行くのを待っているんじゃなくて、
近づいて来てくれる彼が、
好きだと、思った。
.
櫻井さんは、何も言わずに私の前にしゃがみ込むと、
足元に置いてあった煙草の箱を手に取って
中身を覗き込んだ。
そして、優しく笑って「集まったね、」と言う。
.
なんとなく、気恥ずかしくて
もう、十分なはずなのに砂の中を漁る。
それに付き合うように、櫻井さんの細くて長い指が
細かい粒の中に埋もれた。
.
「…あの、」
「ん？」
.
長い睫毛に縁どられた大きな瞳が
まっすぐとこちらを向いて、私のそれとかち合う。
.
「ありがとう、ございました、」
「なにが(笑)？」
「海、」
「・・・」
「連れて、きてくれて。」
.
きっと、約束だけだと思っていた。
きっと、すぐに忘れてしまうだろう、と。
それが、大人だから、と。
.
だけど、違った。
櫻井さんは、違った。
.
櫻井さんと1日一緒にいられることも嬉しい。
海に、デートに来れたことだって、もちろんうれしい。
だけど、一番うれしいのは。
櫻井さんが、私と取り交わした小さな約束を覚えてくれていて。
それを、実行してくれたことだ。
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