猫との暮らし始まりました

36話 ページ38

カチコチ、と秒針の音が聞こえる

静かな時間は好きだけど、この静けさだけは嫌いだった

空気が張り詰める、この独特の緊張感

その空気を生み出してしまったのは、間違いなく私で


「…何でもない」



思わずそう口走る

だって言ったところで彼を困らせるだけだ

彼が元の世界に戻ることのどこが悪い事なのだろうか

良い事だろう


だのに、私は心のどこかで願っている


─帰ってほしくないと


本気で願っている自分が嫌で俯いた


すっと秀が立ち上がり、私の横に座る

ソファが少しだけ沈んだ


「何もないわけないだろう」


真剣な声色でそう問いかける秀

表情は分からない

私が見ようとしないから


また沈黙が訪れる

けど、秀は怒るでも呆れるでもなく、ただ待っていた

私が話し出すのを

…こんなにも優しい


だから私はその優しさに溺れているのに


「…前にもこんなことがあった」

「…」

「秀が人に戻る前、基本的に昼間は寝ない秀が寝てたの覚えてるでしょ」

「あぁ」

「ここ最近、長考するのが多くなってて…何回声かけても気が付かないし」



─元の世界に帰るんじゃないかって


その先に続く言葉は言えなかった

喉の奥につっかえて言えなくなる

そのまま口を閉ざす

…こんなにも自分が最低な人間だなんて思ってもみなかった

余計に顔を上げづらくなる


身体が強く引かれる感覚の後



「…そんな顔をするな」


優し気な声と温もり


一瞬何が起こったのか分からなかったが、ようやく理解する

気が付けば秀の腕の中にいることに

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