Crossed Destiny (ページ10)

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彼は地べたに座り込んだまま、そこに居た。

別に、逃げ出していても良かったんだ。きっと本当に、あの程度の怪我なら彼にとってはどうってこと無いはずだろうし。いきなり声をかけてきた私の方が、彼よりよっぽど怪しい人間だ。

彼は私の足音に顔を上げ、私を見上げると、少し目を丸くした。まるで私が戻ってきたことに驚くようなその表情に、わけもなく胸を打たれる。

この感覚は一体なんなのだろう。
彼の瞳に、引っ張られる。…ううん、上手い言葉が見つからない。

彼を見つめていると、胸が苦しくなる。

おずおずと彼の隣に腰を下ろし、私はこんなところまで来て一体何をしているのかなって、頭を抱えたくなった。もう今日は何度そう思っただろうか、数えきれない。

怪我の手当てなんてあまりしたことないけど、園長先生のしていたことを思い出して、真似事をしてみる。頬や手の傷に、消毒液を染み込ませたコットンを当てる。

名も知らない青年は、大人しく目を閉じていた。

…睫毛、長いな。なんて。
幼い表情の彼に、気が付けば頬が緩んでいた。

「染みませんか…？」

『…ううん』

「良かった」

『…』

遠くで、誰かの叫び声。
駆けつける警察の、サイレンの音。
飲食店のゴミ箱から匂う腐敗臭。
路地の向こうからこぼれる、ネオンの鈍い光。

私が巻いた、不細工な包帯。

こんな街の片隅で、胸をずきずきと痛めている。
それでも、彼の隣がなんとなく心地よかった。

彼は私が手当てを一通り終えると、包帯が巻かれた右手をまじまじと見つめていた。

「…ごめんなさい、巻き方へたくそで」

『…ううん。ありがとう』

「……」

くすり、と微笑む。

私を見つめる眼差しの暖かさ。

この街ではじめて、人の血が通った目を見た気がした。

…ううん、この頃久しく見ていなかった。

だから、彼のそばに居るとほっとするんだ。
わけが分かった。

私も気付けば、笑っていた。

彼は、驚いたような表情で、私を静かに見つめていた。

『…君、名前は？』

「…え？」

『ああ…名前を聞くときは自分から名乗るのが基本だよな』

「…」

頭をぽりぽりと掻き、はにかんだように俯く。
そんな彼のさりげない仕草にさえ、頬が緩む。

血が滲む肌に、頬杖をついて。

私の顔を真っ直ぐと見つめながら、彼は微笑む。

『俺は、マーク。君は？』

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