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「ねえ、拓司くん」
俺の身体を優しく抱いたまま、彼女が名前を呼ぶ。
「あの日、道端で倒れかけていてくれてありがとう」
「え……」
「私と出会ってくれて、私を好きになってくれてありがとう。出会ったあの日から、私にたくさんの幸せをくれて、ありがとう」
何処までも温かくて柔らかな彼女の声に、出会いの日を思い出す。まだ肌寒い春の日。具合を悪くして道で倒れかけていた俺に、声を掛けてくれたのが彼女だった。
俺があの日、あの時間、あの場所でうずくまっていなければ。彼女があの日、あの時間、あの道を通らなければ。俺たちは一生出会う事も無かったのかも知れない。そうしたら今この瞬間の二人の姿も無かっただろう。不思議な引力に導かれて出会えた事に、感謝しかない。
「……俺も」
彼女に伝えたい事は数えきれないほどある。沢山の想いを両手いっぱいに抱えているのに、それを伝えようとすると残り僅かな時間ではとても足りないのが口惜しい。
抱かれたまま、彼女の顔を見上げる。あと少しで滅んでしまうこの世界で、俺が何よりも誰よりも好きな優しい笑顔が、そこにあった。
「俺を助けてくれてありがとう。あの日、Aさんが助けてくれなかったら、今をこうして過ごせなかったかも知れない。あの時声を掛けてくれて、それから俺を好きになってくれて、ありがとう」
拾った糸をもう落とさないようにとしっかりつまんだ。俺が立ち上がるのに合わせて、一緒に立ち上がった彼女の手を取る。
「最後の日を――今日を一緒に過ごす相手に俺を選んでくれて、本当にありがとう」
白く細い薬指に赤い糸を巻き付けて、きゅっと結んだ。不格好な蝶々結びのそれを見て、彼女は一層嬉しそうに表情を綻ばせる。ウェディングベール越しにとびきりの笑顔を見せる彼女は、きっと今この瞬間、世界一幸せな花嫁だろう。そして俺は世界一幸せな花婿だ。
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奈都(プロフ) - さっちいさん» 名作第一位更新とのありがたいお言葉で恐縮です。一年半以上も前に書いた作品ではありますが、こうして新たに読んで頂けてとても嬉しいです! (2021年8月6日 23時) (レス) id: 1ea9b7d420 (このIDを非表示/違反報告)
さっちい(プロフ) - 私の中の名作第1位更新しました…すごく好きな作品です! (2021年7月29日 10時) (レス) id: ebeed9cbc6 (このIDを非表示/違反報告)
奈都(プロフ) - 清華さん» ありがとうございます。悲しい終わりではあるのかも知れませんが、それでも各二人にとっての幸せの形を描いたつもりでいます。泣いて頂けたら嬉しいな、と思いながら書いていたので本望です…! (2020年4月8日 22時) (レス) id: 1ea9b7d420 (このIDを非表示/違反報告)
清華(プロフ) - 一気に7人分をworld endを見ますた...心痛いですよ、めっちゃめちゃ泣きました、もうきついです(笑) (2020年4月1日 16時) (レス) id: 1c085b2c66 (このIDを非表示/違反報告)
Hërø(プロフ) - 奈都さん» 夢は大丈夫だったのですが時々それぞれのメンバーの最後を思い出してグッときてます笑 (2020年1月3日 1時) (レス) id: 7ab3904f14 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:奈都 | 作成日時:2019年12月9日 20時