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充分甘えさせて貰っているし、自由にさせて貰っているし。彼女と過ごす時間は俺にとって、間違いなく一番の安らぎの時間だった。
何度かパチパチと長い睫毛を瞬かせた彼女は、ふっと肩の力を抜いて笑った。
「じゃあ、今までと特に変わらないんだね、私たち」
「そうだな」
彼女の言葉に深く頷く。そう、今までと変わらない。何も変わらないんだ。
紙切れ一枚で家族という絆は結ばれたけど、法的に認められるようになったけど、俺と彼女の関係性自体は何も変わらない。それなのに――。
「拓司くん」
「え? あ、ああ」
思考の渦に呑み込まれかけて、でも彼女の声にすぐ引き戻される。俺を呼んだ彼女は一瞬だけ不安そうな顔をしたが、俺が反応すると安心したように微笑んだ。
「怖い顔してた」
「すまん」
「いいよ。それで次は? どうするの?」
「えーっと……指輪交換かな」
言いながら、さっき彼女が切ってくれた糸を手に取った。その片側の端を彼女に手渡す。
「Aさん、左手、出して」
「はい」
彼女の左手が差し出される。白くて小さなその手の薬指に糸を巻きつけようとして――手が滑って、落としてしまった。
「あ……」
床に落ちた赤い糸の端っこ。慌ててしゃがみ込んで糸を拾おうとし、そこでようやく、俺は自分の手が酷く震えている事に気付いた。
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奈都(プロフ) - さっちいさん» 名作第一位更新とのありがたいお言葉で恐縮です。一年半以上も前に書いた作品ではありますが、こうして新たに読んで頂けてとても嬉しいです! (2021年8月6日 23時) (レス) id: 1ea9b7d420 (このIDを非表示/違反報告)
さっちい(プロフ) - 私の中の名作第1位更新しました…すごく好きな作品です! (2021年7月29日 10時) (レス) id: ebeed9cbc6 (このIDを非表示/違反報告)
奈都(プロフ) - 清華さん» ありがとうございます。悲しい終わりではあるのかも知れませんが、それでも各二人にとっての幸せの形を描いたつもりでいます。泣いて頂けたら嬉しいな、と思いながら書いていたので本望です…! (2020年4月8日 22時) (レス) id: 1ea9b7d420 (このIDを非表示/違反報告)
清華(プロフ) - 一気に7人分をworld endを見ますた...心痛いですよ、めっちゃめちゃ泣きました、もうきついです(笑) (2020年4月1日 16時) (レス) id: 1c085b2c66 (このIDを非表示/違反報告)
Hërø(プロフ) - 奈都さん» 夢は大丈夫だったのですが時々それぞれのメンバーの最後を思い出してグッときてます笑 (2020年1月3日 1時) (レス) id: 7ab3904f14 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:奈都 | 作成日時:2019年12月9日 20時