【QK】12時45分

5：輪廻（kwmr） ページ20

　最後の日は何処で過ごしたいかと彼女に問うと、まだ付き合う前、初めてデートした水族館へ行きたいと言われた。


　当たり前と言えばそうかも知れないが、電車が動いていなかったので、二人して少し長い道のりを自転車で移動した。これで水族館が開いていなかったらどうしようね、なんて笑いながら。


　結論から言えば、水族館は開館していた。
　正直な所、こんな日でも営業している事に驚いた。気になって少しだけ話を聞くと、この水族館の館長でもあるその人は、最後の瞬間までここの魚や生き物たちを大切にしたいと思い、家族を連れて今日も出勤したのだそうだ。


　殆ど人の居ない館内には、いつもと同じようにヒーリング系の音楽が流れている。魚たちは何も知らずに水槽の中を泳ぎ続けていて、知らないという事が如何に幸せであるかを思わせた。


「ちょっと座ろうか」


　そう言ってベンチに腰を下ろす。彼女とは前にもこのベンチに座って話した事があった。ここでの会話が最後の決め手になって、僕は彼女への恋心を自覚したのだ。


　あれからまだ一年も経っていないと言うのに。今となってはとても懐かしい思い出だった。


「A、昨夜ちゃんと眠れた？」
「……あんまり」


　薄っすらと苦笑する彼女の眼の下には、化粧でも隠し切れない隈があった。そりゃそうか。今日世界が滅亡すると言うのに、穏やかな眠りに就ける筈も無い。


「僕の眠剤、分けてやれば良かったかな」


　病院で処方されている睡眠薬は、別に毎日飲む訳でも無かったので少し多めに持っている。だが、僕の言葉に彼女は緩く首を振った。


「処方箋を勝手に人にあげちゃ駄目ですよ」


　まあ尤もな意見だ。僕に処方されたものなのだから、他人に飲ませてはいけない――のだけれど。


「そうなんだけどね。実は昨日、福良に少しあげちゃった」
「えっ、どうして。福良さんが欲しいって言ったんですか？」
「うん。まあ必要としてたのは福良じゃなくて、福良の彼女みたいなんだけど」


　昨日、福良から頼みがあると言われた。恋人が不安定になっているのだが、せめて最後は安らかに過ごして欲しい、と。その為に僕の薬を分けて貰えないかと。


　どうせ今日で世界は終わるのだ。オーバードーズに興じる訳でもないのだから、飲みきれない薬なんて持っていても仕方ないし、二つ返事で少し多めに渡してやった。今頃、福良の恋人はあの薬を飲み、夢の中へ旅立っているのだろうか。

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