【QK】トロイメライ -8-

誰より一番（izw） ページ24

(金スマの日の話です)




　俺が風呂から出ると、リビングのラグの上に正座した彼女は、リモコンを握り締めたままテレビに向かっていた。俺が風呂に入る前からその体勢は全く変わっていないように思える。


「Aさん、上がったよ」
「うんー」


　一応俺の呼びかけに返事はするものの、その視線は真っ直ぐにテレビへと向けられている。おいおい、ここに本物が居るのに――と思うが仕方ない。彼女にとってどうも「恋人の伊沢拓司」と「QuizKnockの伊沢拓司」は限りなく同一でありながらも、別の存在であるらしいのだ。


　今はQuizKnockのオフィスでのシーンが流れている。彼女は二回ほどオフィスを訪れた事があるが、その時から部屋数も増え、室内の配置もかなり変わってしまった。ファンとしては興味深い内容らしい。


「面白い？」
「うん。凄く」


　返事は相変わらず短い。彼女が俺の趣味の時間を邪魔しないように、俺だって彼女の趣味の時間は邪魔したくないのだが、しかし俺の記憶が正しければ彼女は既にこのシーンを三度は見ている筈なのだ。本放送で一度、俺が風呂に入る前に一度、そして今。流石に飽きないものだろうか。


「Aさーん」
「ん」


　彼女の背後に腰を下ろして、小さな身体に両腕を回す。後ろからぎゅうと抱き締めると特に抵抗の様子は見られなかったが、やっぱりその目線はテレビへ釘付けだ。


「もういいんじゃない？ いっぱい見たっしょ」
「まだそんなに見てないよ」
「三回見りゃ充分だろ」
「だーめ。『伊沢くん』のオフィスでの貴重な様子なんだから」


　キッパリとした口調で断られてしまう。ああ、これは駄目だ。こういう時の彼女は俺ではどうしようも出来ないという事を、一年以上の付き合いで充分理解していた。


　首筋に鼻先を埋めてすんと匂いを嗅ぐフリをしてみると、今はやめて、と軽く額を叩かれた。冷たい。テレビの中の俺にはこんなに夢中な癖して、現実の俺をちょっとぞんざいに扱ってやいないか。


「Aさんさあ」
「うん」
「俺と『伊沢くん』とどっちが好きなの」


　ぼやくように問い掛けると、そこでようやく彼女がテレビから視線を外した。ぐるりと後ろを向いた瞳と俺の目線が交差する。




　

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