九十三片(未来編開始) ページ2
？？視点
この世界は残酷だ。
大切なものを守るため命を賭したのに、全てが零れ落ちてしまったものがいた。
正義に向かって足掻いているのに、悪に仕立て上げられたものがいた。
何も悪いことをしていないのに、一方的に蹂躙されたものがいた。
誰も彼も死ぬ気で挑み、敗れた。今奮闘するものも、いずれは。
自分の魂だけでは願いは果たせない。圧倒的な運命が立ちふさがる。
それは予定調和。誰かに作られた物語。私たちはただの背景。
だからこの世界が嫌いになった。
「ねぇセーメ。そう思わない？」
「だから、その名前で呼ぶのやめてくれる？僕にはちゃんと白蘭って名前があるんだから」
セーメは咲き誇る蘭の海の中心で寝そべっている。
不服そうにぷくーっと頬を膨らませて、足を組み替える。
「暇を見つけて休憩しに来たのに。肝心の君が癒してくれないと心が休まらないよ。レープレ」
「アハハ。そんなこと約束したっけ？ここはセーメが寛ぐための場所じゃないよ。我が物顔されてもなぁ」
「でもここを物理的に用意したのは僕だよ？君と一緒に仲睦まじく暮らすためにね」
セーメは上体を起こしくるりと蘭の花を見渡した。
たぶん私を探しているんだろう。目と鼻の先にいるんだけどね。
「面倒くさいなぁ今から追い出そうか？」
「ねーえー違うじゃん。僕は君のために本部の最上階すら献上してるの」
更に機嫌を損ねたと、ぶーぶーと声に出しながら口を尖らせる。
確かにセーメは私との約束通り、強大な組織を作り上げ、私が顕現するための土台を作った。
その行動理由が厄介でも。
「少しは僕のこと好きになってくれてもいいじゃん」
ツキンと胸が刺された感覚。この世界は大嫌いだけど、それ以上にもっと嫌いなものがある。
「...十分好きだよセーメ。今まで生きてきた中で四番目くらいかな」
「よんばんめぇ？やだよ僕一番がいい」
セーメは蘭の花を指先で弄び、そのまま枝から千切る。
蘭の株は同胞を奪われた悲しみに、背を曲げて震える。
「アハハ。強欲だね。だったらまずは世界を征服してよ」
野望の話に無理やり戻す。この話をし始めれば、私の知らない顔になってくれる。
「それは当たり前。甲斐性あるところ見せないとね」
さっきまでのだらけ具合はどこへ行ったのか、立ち上がり上着を羽織る。
「ちょうど午後から友達が出立するんだ。最後の挨拶に行かないと」
腕を振り上げて伸びをして力を抜き、肩を回す。
その横顔は獰猛な爪を隠した肉食獣のように。
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作者名：雪兎(月兎) | 作成日時：2023年9月1日 21時
