105話 ページ9
呆気に取られた彼女の手の中からビンを抜き取ることは容易ですらあった。力無く辛うじてそれを持つ手のひらは、いっそビンを落としそうになっていたからだ。そっと抜き取ってそのまま上着にし舞い込む。
大した話じゃない。ちょっと煽ってトラウマでもついてやりゃあ、激昂もしくは放心するのが人間の大筋よ。激昂されたらそれこそアルフレッドの出番だった訳だが、それは回避したわけだからセーフ。
ひとまず危険要素は排除できたので安心する。いつの間にやら恋人男性の姿は消えていたが、どうやら逃げたのだろう。それで正解だ。彼女にとってしても互いに幸せになれない。
こんなとき俺が絶世の美男であったなら、彼女を上手い方向にその顔面をもって慰めてやれたかもしれない。でも生憎そうはならなかったので、自力でどうにかしてもらうしかないようだ。
ズボンの尻ポケットに突っ込んであったメモ帳とペンを取り出す。多少シワのついたそれに簡単に書き入れてそのまま破った。
「貴方は幸せになるべき人で、きっと根が一途で真面目なんでしょう。」
「……あんたに私のなにが……」
「もし貴方がこれから先苦しんだり、今日のことを気に病む日があったら、と思って。これ。」
はい、と渡したものを不審そうながらも彼女はそっと受け取った。そこには病院の名前が一つと、それから俺の通うバーの名前が記してある。マスターの店のことだ。病院の方も、店で飲んでいたら知り合った先生の務める場所だった。ちょうど精神科を受け持っているらしい彼はかなり会話に長けている。ここなら安心して任せられる。
今きっと彼女に必要なのは話を聞いてくれる人と環境。なんならバーで聞いたっていいし。
「今のあなたに必要なことは依存先を振り分けること。ただ一つの幸せにばっかりいかないで、様々な人と交流を持ち、それぞれに少しずつ依存を分けるのが大切なんです。一人二人の人間に固執すると負担が重くなりますが、気の合う仲間数人に役割別で頼れば、いくらか気が楽になると思います。」
バーには俺だっているし、あそこは人間の坩堝だ。新しい出会いが毎晩のように訪れる。それはきっと彼女の世界を広げる手伝いをしてくれるはずだ。
彼女は感情に荒ぶる状態と比べて、かなり弱々しく見えた。渡した紙の破片を握りしめて胸に押し当てると、ぽろりと一粒の雫が落ちる。
その綺麗な青色の瞳を、俺はその日初めて知った。
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ミチル - ID違うんですけど一応同一人物です、、、! (2022年9月15日 7時) (レス) id: 4511edeaa7 (このIDを非表示/違反報告)
ミチル - 初コメからしばらく経ちましたが未だに見に来てます。とても面白いし、この作品の続きを楽しみにしている人もいると思います!私はいつまでも続きを待ってます! (2022年9月15日 7時) (レス) id: 4511edeaa7 (このIDを非表示/違反報告)
ミチル - 初コメ失礼します。凄い面白くてあっという間に読んでしまいました!更新楽しみにしてます! (2022年8月3日 23時) (レス) id: e447b7200f (このIDを非表示/違反報告)
そうる(プロフ) - 山口さんさん» 四年も前の二次創作に心温まるお言葉をくださり、ありがとうございました。 (2022年7月9日 22時) (レス) id: 4692de9cf0 (このIDを非表示/違反報告)
山口さん(プロフ) - ただただこのそうるさんのひとつひとつの表現が好きです (2022年4月30日 2時) (レス) id: 218fc2ba1d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:そうる x他1人 | 作成日時:2018年1月9日 17時