【男主】unità difettoso！【APH】

28話 ページ30

ミステリー小説、しかもコメディ色の入ったものでの定番の台詞をまさか自分が言うことになろうとは。それでは思い切り叫びたいと思う。



「……暇だ！」



橘Aの渾身の声が家の中に響き渡る。事務所をこの地に置いてから2、3週間ほど経つが、未だに来客がゼロである。
さすがに暇だ。一日本を読んで過ごしてはいるが、さすがにそればかりも飽きてくる。本は好きだし蔵書も沢山あるが、それとこれとは話が別。いい加減仕事をしたい。
昔はそれはもう忙しい日々だった。毎日毎日ひっきりなしに客が来て……いや、2日に1人……1ヶ月に3人だったかもしれない。うん。まあとにかく忙しくはあったのだ。例えその仕事内容が「恋人と別れたいから説得を手伝ってくれ」だの「花見の場所取り」だの「金を貸してくれ」だのろくなことでは無かったとしても、だ。いや分かっている。自分が半分何でも屋だと思われていたのは言われなくとも分かっているさ。ははっ。笑いたきゃ笑え。

自分で考えていたら自己嫌悪に陥りそうだったので、気分転換に昨日買ってきておいたケーキを引っ張り出して食べることにする。ちなみにミルフィーユだ。
仕事机に山積みにされた本の山をかき分けて、ケーキの乗った皿とフォークを置いた。もう既にケーキが輝いて見える。さっさと頂いてしまおう。



「あー美味い…」


この生クリームの程よい甘さ、生地の食感、香り、全てがたまらない。それに今は普通の人間なら汗水垂らして労働している時間だ。そんな中で自分は優雅にケーキを楽しんでいる。はあ泣きそう！
どうやら今日は思考が完全卑屈モードらしい。考えれば考えるほどその方向に思考が動いてしまう。ああ、目から汗が流れてきやがった。別に虚しくなんかない。断じてない。

残ったケーキを一気に頬張った。ヤケではない。せめてこんなに美味いものを食べている時くらいはどうしょうもなく救われていたい。そんなことを誰かも言っていた気がするし。
ケーキを噛み締めながら考える。何故客が来ないのか。確かに名刺を渡したのはマスターだけだしビラ撒きした訳では無いけれど、こう、小説の主人公の素質がある人間なら毎日迷い込んでもおかしくないだろうこれ。

ソファに身体を沈めて考えごとをしていたから、それは完全なる油断であった。
だって誰が思う？いきなり扉が壊れそうな勢いで開くなんて。



「探偵事務所ってここかい！？」



俺は頬に詰め込んだケーキを飲み込もうとして、思い切り噎せた。

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