【d!】8月32日【合作】 (ページ44)

今日:4 hit、昨日:28 hit、合計:8,173 hit

· ページ44

·

「久しぶりやね、五月は帰って来れんかったから。」

傷の少ない白のスーツケースも見たことがなかった。中学も高校も修学旅行はお下がりの赤い奴。車輪がゴロゴロうるさいから、出て行くのも帰って来るのもすぐ分かったのに。

「ほんとはお休みまだ1ヶ月あるんやけど、部活の大会あるからはよ帰るんよ。とんちゃんは明日から学校？」
「…うん。」

大学生ってそんな休み長いん。ええなぁ、いつから大学始まるん。部活ってなに。大会あるってことは運動系の部活なん。A走るんめっちゃ遅いのに、スポーツ出来るん。

「そうかぁ、早いな〜夏休み。」

せやろ、俺明日から学校なのにAずるいわ。宿題はもちろん終わっとるけど、一昨日くらいからシャオさんとか鬱からキモイくらい連絡来んねん。自業自得やんな。まあちょっとだけ手伝ったけど。Aも夏休みの課題とかあるん。あるんなら早めにやらんと。いっつも今くらいの時期に一気にやってたやん。俺もう手伝わんで。

思うだけで出て行かない言葉ばっかりが積もる。黙ってしまった俺を見て微笑んだAの顔が別人みたいで、目の前がふっと暗くなった。温い空気が肺に籠っている。未だ引かない熱が苦しくて、どうすればいいのか分からない。

おれ、そんなん知らん。全部分からん。何して来たん、何で変わったん。おれ、Aのこと、知ってるはずなのに、分からん。なんで、なんで。

「泣かんといてよ。」
「……別に、泣いてへんし。」

少し困ったような声。腕を擡げて制服のシャツの肩あたりに雑に顔を擦り付ける。汗が垂れてきて鬱陶しかったから。眼鏡の蔓が軋む。きっといつもみたいに眉の下がった笑顔をしているんだろう。そうよな、そうやろ。ガビガビの音声が電車の時間を告げた。

「また冬には帰ってくるから。」
「……そ。」

夏の次は冬なん。秋は帰って来おへんの。Aの誕生日は。ずっと行っとるケーキ屋のチョコのやつ毎年食べてたやん。あれ、今年は食べんの。
人の少ないホームで、大仰な音を立てて電車が止まる。スーツケースをぎゅっと持ち上げる手首の細さは変わってないように見えるのに。

「じゃあね。」

手を振るAの前でドアが閉まる。沈みかけた太陽と人のいないホームで、結局俺は何も言えなかった。

·