【d!】8月32日【合作】 (ページ39)

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ウツは子供に積極的に優しくするような人間ではなかった。見知らぬ子供が目の前で転んでも気にしないし(女の人の前を除く)、私と手を繋ぐのもあまり好んでは居ない。ただ、私からするとその態度は、まるで対等に扱われているようで嬉しかった。それなのに、そんなウツが、私と歩くときに歩幅をゆるめることや、時おり子供が好きそうな(つまりウツが好まない)お菓子を買ってきてくれることに、どことなく優越感を覚えていた。姪である私だから享受できる甘さなのだと。
　ウツは一人暮らしの男らしく、自炊というものをあまりしない。出来合いのものを買ってきたり、インスタントなもので済ませたり。とはいえウツにも得意料理があった。それは素麺だ。茹でるだけなのに、と疑問に思うだろう。その茹でるのがうまいのだ。茹でる時間が絶妙なのか、はたまた別の要因があるのか。ウツの素麺はどんな安物を使ったとしても喉越しが良く、麺の硬さも唇で切れるくらいと丁度よかった。茹でている間も、麺つゆや薬味の用意を悠長にしていて、私は茹ですぎてしまうのではとハラハラするのだが、火を止めるウツの手つきに毎回焦りはない。測っているわけでもないのに、いつも同じ程度に美味しいのが、不思議だ。
「素麺、美味しい」
　食べるたびにウツにそう言うが、彼は素麺の味なんてどこも変わらんやろ、と自分が素麺を茹でるのが上手いなんてカケラも思っていない素振りをする。それでも、ウツは私が来ると必ず素麺を茹でた。時おり蕎麦やうどんに変わる時もあったが、やはり、素麺が一番美味しい。
　素麺を食べ終えてそのまま寝転がったある夏の昼下がりに、ウツが言った。
「おじさん、結婚するわ」
　私は起き上がりもせずに、うん、と返した。
「お母さんには、内緒やで」
　うん。
　できるだけ、平坦に聞こえるよう返事をした。暫しの沈黙の後、見えないウツの手元で、カチリと火のつく音がした。
　私はベランダのペチュニアを思い出した。きっと、あの花を置いていった女と結婚するのだろう。寝転んだまま、そばの本の山に手を伸ばして、一冊手に取った。そうしてぱらぱらとめくりながら、目的のページを探す。
　夏の花が好きなひとは、夏に死ぬっていうけれども、本当かしら。
　ウツの煙を吐く音を聞きながら、いつまでもその文章を指でなぞった。傾きはじめた太陽の光が、永遠に私たちだけを照らし続けることを願っている。

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