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素麺(ut) ページ38

ウツは、素麺を茹でるのがうまかった。
 私には父親というものが居なかった。蒸発したわけでも、離婚をしたわけでもなく、生まれたときにはもう父親という存在は影も形もなかった。最初からいないものを悲しむわけにもいかないので、私は父親を恋しいと思ったことはない。
 それに、参観日も運動会も、来てくれるのは母だけではなかった。学校の行事には、いつも叔父がついてきた。
 叔父のことを、母はウツ、と呼んでいた。なぜ、と聞くとうつ病だからよと返ってきた。それに、身も蓋もない呼び方だと思ったのを覚えている。私は心の中では親しみを込めてウツと叔父を呼んでいるが、実際にはウツ伯父さんと呼んでいた。
 ウツはふらふらとした生き方をしていて、仕事の長続きしない人だった。そのくせ、ころころと隣に置く女の人を変えていた。大してお金を持っているわけでもないのに、女の人への贈り物を欠かさないウツに、一度尋ねたことがある。
「プレゼントのお金はどうしてるの?」
 ウツは返事の代わりに煙を吐いた。それきり、喋らなくなってしまったので、私はそれ以上追求しなかった。
 ウツはアパートの一室に住んでいた。そこは私たちの住んでいる家と程よく近く、私はしょっちゅうウツのもとを訪ねた。
 ウツの部屋は散らかっている。狭い部屋のあちこちに本が積まれ、灰皿の中はいつも満杯だった。ウツの部屋にある本は、哲学書や小難しい小説ばかりで、私が好むような詩集や挿絵付きの本なんかは置いていなかった。それでもなぜか、ウツの部屋にあるくたくたのその本たちは、私の目に魅力的に映った。読んでいて分からなければウツに聞けばよかったし、ウツも片手間に、しかし的確に答えを与えてくれた。適当なページを開いて音読するのも楽しかった。知らない言葉がたくさん出てくるので、読み上げるのは中々難しかったが、私がつっかえるとウツがすかさず漢字の読みを教えてくれるので、それほど困ったことはなかった。
 ウツの家のベランダにはペチュニアが咲いていた。私はものぐさなウツがその花にまめに水を与えているのを知って、意外に思った。それからウツに質問をした。
「誰の?」
 ウツはペチュニアの葉についた水滴を払いながら、僕の、と返した。

・→←あとがき(阿月夜衣)



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作者名:素敵な夏 x他3人 | 作者ホームページ:https://mobile.twitter.com/home  
作成日時:2023年9月3日 0時

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