【d!】8月32日【合作】 (ページ33)

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前方に大きな登り坂を見据えた駅に、ゆっくりと車両が止まる。
熱された空気の中に足を踏み入れれば、久しぶりに耳にしたセミの声に迎え入れられた。
懐かしい駅舎と、見慣れないICカード機能が付いた改札。
私が街を出てから何年経ったか、と思いを馳せそうになった瞬間、エーミールさんが大きくため息をついた。

｢……もう少し落ち着いた季節にゆっくり歩きたいです｣
｢いいね。霜柱とか探したいです｣
｢次は年末辺りにしましょうか。もっと早くてもいいですが、移動が億劫ですし｣
｢もう少し行ったら海近の駅だからそっちも行きたいです｣

見慣れた道、歩き慣れた道を行く。
隣にはあの頃顔どころか存在すら知らなかった人を連れて、少々舗装の荒れた箇所にヒールを引っ掛けないようにそっと足を進めた。
目に見えて緊張し始めるエーミールさんをからかいつつ、もっと早く、例えば学生の時に制服姿でこの道を一緒に歩いてみたかったなと思ったりして。

｢帰りにそこの駄菓子屋に寄りませんか？｣
｢良いですよ。行きつけですか？｣
｢そうそう。友達とアイス買って帰ったり、先生に見つかって怒られたりとかしました｣
｢それは良い。是非聞かせて欲しいです｣

ジリジリと肌を焼く熱線はあの頃と違って天敵になった。
日焼け止めも日傘も手放せなくなったと思っていたけれど、唯一日傘だけはもう私の手を離れている。
身長差をものともせずこちらに日傘を傾けてくれる彼とこの道を歩いていることが嬉しくて、足取りは軽くなった。
彼の足取りは相変わらず重たいようだが、そんなに心配しなくてもいいのに。

今日は彼の背負う鞄に大事に大事に仕舞われたその書類に、私の両親の名前を入れる日。
茹だるような暑さをものともせず、私の実家に彼が初めて来てくれる日だ。
きっと私は生涯夏が来る度にこの道を初めて2人で歩いた時のことを思い出すのだろう。

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