【d!】8月32日【合作】 (ページ32)

今日:25 hit、昨日:28 hit、合計:8,194 hit

・ページ32

.

｢うわ下り、ひえ、何ですかこの路線！｣
｢ジェットコースターみたいですよね｣

登った分だけ下るのは道理である。
大きな下り坂に沿って線路も下向きに切り替わり、大きく速度を上げて一気に滑り降りた。
直線故か揺れはしないが、最前の車両に乗って運転席越しに前方を眺めれば、なかなかにたまらない恐怖を味わうことが出来る。

｢トンネル掘らないんですかこの路線｣
｢トンネルある区間もありますよ｣
｢何でここは無いんですか？｣
｢さぁ……｣

地盤の問題とかあるんじゃないかなぁ、とあしらいながら眼下の景色を眺める。
ここらに住んでいた時とは随分用途が変わった広い土地、見覚えの無いビル、真新しい民家。
子どもが大人になって巣立つまでに必要な時間が、そのまま景観を壊していく。
切ないような、なんとも言えない気持ち。

｢エーミールさん｣
｢……まだあるんですか｣
｢あります｣

口の端が分かりやすく引き攣った。
分かる、毎日乗っていた時は分からなかったけれど、この路線はめちゃくちゃ揺れるしめちゃくちゃスピードが出る。
遠心力に振り回されながら市街地を駆け抜けるのは正直怖い。
しかし毎日乗っていたあの頃ですら恐ろしく思った極狭ハイスピードアップダウントンネル区間は今日は通らない予定なので、彼にはご安心頂こう。
そのうち乗ってもらうが。

｢緑が多いですね｣
｢でしょ。私が子どもの頃は野生児みたいな子が沢山いてさ、食べられる野草に無駄に詳しかったりしたよ｣
｢今のご時世では出来ませんね｣
｢ねー｣

きっと今時の子ども達はオシロイバナの種を砕いて白粉を出して遊んだりしないのだろう。
ゲームとか、もっと言うとオンラインゲームで通話しながらとかなんだろうな。
そういうのはちょっと、寂しいかもしれない。

｢緑が多いところも良いですね｣
｢虫が多いのは悩ましいけどね｣
｢ああ……｣

出来れば広い庭があって、近くには公園があって、大きな山が見えて、遊びに行って山頂でお弁当を食べたりとか。
良いなあ、そういう生活。
ちらりと彼の顔を伺えば、似たようなことを考えていたのか目を細めて少し恥ずかしそうに笑った。

｢暑そうですね｣
｢駅からちょっと歩きますよ｣
｢汗でぐちゃぐちゃになるとちょっと……困りますね｣
｢冷たい麦茶用意してくれてるって｣
｢それはありがたい。希望が見えてきました｣

.