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映画を一緒に観た後は、チェーンのコーヒーショップで映画の感想や文化祭の話をした。風磨くんはあまりにもいつも通りで、その頃には夏祭りで告白されたことなんてすっかり忘れてしまっていた。
いつの間にか文化祭の打ち合わせになっていたこともあって、次の登校日にやりたいことを決めた頃には19時前になっていた。店内には仕事終わりの社会人の姿が増えていて、「出ようか」と風磨くんが立ち上がる。
「ごめん、もうちょっと早く解散しようと思ってたんだけど」
「大丈夫だよ。うちご飯の時間遅めだし」
「あー今日の晩飯なんだろ」
駅に向かって歩きながらそんな話をする。生クリームがいっぱい乗ったフラペチーノを飲んでいたのに、もうお腹が空いているらしい。私は晩ご飯が入るか不安なくらいなのに。
改札を抜けてホームに並ぶ。時間帯のせいか人がいっぱいで、満員電車に乗ることに少し億劫な気分になった。やって来た電車はやっぱり人がいっぱいで、鞄や背中に押し潰されてしまう。
「A」
暑いし狭い、とげんなりしていたら、隣にいた風磨くんが私の腕を掴んで引き寄せた。背の高い風磨くんの前に立たせてもらうと、一気に周囲が広く感じた。
「ありがとう」
「ん」
風磨くんが着ているTシャツのロゴを見つめながらお礼を言うと、小さく返事が返ってくる。今日一番の近さに思わず息を詰めながら電車に揺られていると、二の腕辺りを掴んでいた風磨くんの手がするんと動いた。
「ふ、風磨くん、こしょばいんだけど……」
「いや、柔らかいなって」
「……」
「いっ!」
むに、と腕を摘まれて迷わず風磨くんのスニーカーを踏ん付けた。痴漢された。勝利はそんなところ触ってこないのに。
ぱっと手を離した風磨くんは、そのままポケットに手を突っ込んだ。黙ったまま電車の窓を眺めている。
絵になるなぁなんて感心していたら、電車が大きく揺れた。ふらついて目の前の風磨くんのTシャツを掴むと、「大丈夫?」と上から声が降ってくる。
「ごめん!」
「いーよ、掴んでな」
でもあんまり引っ張んないでね、なんて付け加えられて、半袖の端に小さく掴まることにした。大きな揺れはないまま風磨くんが降りる駅に着いたけれど、風磨くんは動かないまま扉が閉まる。
「過ぎちゃったけど……」
「デートなのに女の子送らずに帰るやつなんている?」
「デート」
「うん。デート」
Tシャツを掴む手が震える。息が上手く吸えないや。
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