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文化祭の準備期間の出来事を思い返しながら5分ほど歩けば、あっという間に駅に着いた。仕事帰りや食事帰りらしいサラリーマン達がいるホームの、一番端っこに進む。次の電車まであと10分だった。
「ん」
「わっ。ありがとう」
乗り換えアプリで家に着く時間を調べていたら、頬に冷たい何かが押しつけられた。顔を上げると、風磨くんが紙パックジュースを持って笑っている。
「時間大丈夫そう?」
「うん。ありがとうね」
家に帰ってすぐお風呂に入ればいつも寝るのと変わらない時間になりそうだ。隣に立つ風磨くんを見上げて頷けば、彼は安心したように笑った。
風磨くんがくれたオレンジジュースを一口飲と、甘くて少し苦いオレンジが口の中をすっきりさせた。隣で同じようにジュースを飲んでいた風磨くんとふいに目が合った。
「……あのさ、覚えてる? 夏休みにさ、Aの地元の夏祭り一緒に行ったじゃん」
「……うん。行ったね」
「あん時から変わらず、いや、あの時よりもっとAのことを知れてさ。俺はAが好きだよ」
甘く、穏やかな視線で、風磨くんが私を見つめた。
電車が来るまであと3分。ホームの端にいる私達の会話なんて誰にも聞こえていないのか、まるで違う世界にいるみたいにゆっくりとした時間が流れる。
「Aが好き。だから、付き合ってほしいです。俺と付き合ってくれませんか」
緊張しているのか、少し硬い声が私の耳に届く。同じように緊張して、息を詰める私を風磨くんは変わらずまっすぐに見つめていて。早く返事を言わなきゃ、と小さく息を吸い込んだ。
「……私も、風磨くんが好きです。私と付き合ってくださ、わ!」
言い終わるより早く、風磨くんの腕が私の背中に回った。ふわりと香ったシトラスは制汗剤だろうか。近くなった体温と息の音に、心臓がバクバクと大きな音を立てた。
「ふうまく、ここ駅!」
「すっげー嬉しい! ありがとう!」
一瞬だけぎゅう、と強く抱きしめられるとあっという間に解放された。そのタイミングでやってくる電車にホッとするような、微笑ましそうに笑うお姉さんが目に入って恥ずかしいような。
「大切にするから」
けれど、そう言って微笑む風磨くんがカッコよくて眩しくて、単純な私の胸は嬉しいと叫ぶから、まあいいか。
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