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「つまり、佐藤くんが気になると」
赤いペンキを刷毛で塗り広げながら凪沙が呟いた。まだ夏休みは終わっていないけれど、二学期に入ればすぐに文化祭が始まる。その準備の為に、私たちは学校へやって来ていた。
文化祭のクラス出し物の定番といえるカフェを行うことになったうちのクラス。実行委員とかメニュー班とか衣装班とか少しめんどくさそうな役を避けた私と凪沙は、小道具係として校舎の外に敷いたブルーシートの上で看板を作っていた。
そんなに急ぎではない看板制作を行なっているのは私と凪沙だけ。ぺたぺたと刷毛で赤を塗りながら、私は夏祭りの夜の話を凪沙にしていた。
「気になるっていうか。誰かと付き合う自分が想像出来ないというか。あれ？ そもそも付き合うって何するの？ 好きって何？ みたいな」
「知らん」
「そんなにめんどくさがらないでよ」
「だってそんな、『恋ってなんだろう』的なこと言われても。好きな人くらいいたことあるでしょうに」
面倒くさそうな表情で凪沙がそう切り捨てた。これまで、いわゆる恋バナをしてこなかった私たち。せっかく現役女子高生ぽい会話が出来る機会なのに、全然楽しそうな雰囲気じゃない。
「好きな人は居ましたけど」
「けど？」
「……勝利だから」
色が付かなくなった刷毛を赤のペンキの中に漬ける。プラスチックの縁で余分なペンキを落としていると、「……え！」と一拍置いて凪沙が声をあげた。
「初耳！」
「初めて人に言った」
「いつ！？」
「小学生くらいの時かなぁ。ほら、あれくらいの時って足が速い子がモテるじゃん」
ぱっちりした瞳の整った顔に足も速くて、おまけに理系だし。みんなと仲良しで面白くて優しくて、思い返してもモテる要素しかないな、勝利って。
そんな人が、私にだけちょっと意地悪で、でもいつも気にかけてくれていて、家族よりも詳しいんじゃないのってくらい私の変化に敏感で。好きにならない方がおかしいんじゃないのって思う。
「なんで過去形なの？」
「自己暗示の結果？」
「なんじゃそりゃ」
「優しくしてくれるのも、こうやって傍にいれるのも幼馴染だからじゃん。そうやって言い聞かせてるうちに大丈夫になった」
ただ、男子と話すのが苦手なせいでそれ以降好きな人が出来たことはないのだけれど。
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