第5話 ページ5
紙とペンはあるか？と聞かれて私はすぐにチラシの裏紙とポールペンを彼に手渡す。
「どうぞ。」
「ありがとう。取り敢えず、俺がここに来るまでにしたことは、至って普通の生活だ。朝起きて支度をし、書記官として業務をこなし、帰宅する前に少し酒場により、2杯ほど酒を飲んで家に帰った。そのままシャワーを浴びて布団に潜り就寝した。」
「至って普通ですね。」
彼が自身の記憶の整理のために紙に書き出して行く、昨日の記憶がある限りの1日を目で追う。彼が書いている言葉は何も分からないが、話に聞く内容は至って普通のもので、何をきっかけにこちらに来たのか、さっぱり分からない状態である。
「あぁ。それで、目が覚めたらこの部屋にいた。」
「この部屋に…ですか…。」
「うん、最初は誘拐かとも思ったが、仮にも誘拐した相手を、こんなにも無防備に自由にする奴がいるのかと考えた。何か手がかりがあるかもしれないと、少々部屋の中を漁ってしまったが、それに関しては謝罪する。」
「いえ、構いませんよ。私だってそうすると思います。」
来ると思っていなかった彼からの謝罪に、笑顔で大丈夫です。と返すと、そうか、とまた視線を紙に戻した。
「さて、君から見て、何か手がかりになりそうなものはあるだろうか。」
「特にこれといったものは…トリップものの定番としては、頭を打ったり、誰かに刺されたり、強い衝撃を受けたりした時にこうして、飛ばされている訳ですが、アルハイゼンさんの今の話を聞いていると、そのどれにも当てはまりませんから…。」
「トリップと言うものはそんなに過激なものなのか…？まぁいい。では、手がかりは何もなし、と言うところか。」
「はい、力になれなくて申し訳ないです。」
「構わない、本来なら、これは起こり得ないことで、常識とは違うんだ。こうなって当然と言えるだろう。」
「…そう、ですね。でも、アレです。突然こっちの世界に来たんだから、きっと突然元いた世界に帰れますよ。絶対。」
「君のその自信はどこから来ているんだ…。」
私なりの励ましで声をかけると、彼は呆れたようにジト目をこちらに向けてくる。私はそれに負けじと笑顔を返した。
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作者名：やたお | 作成日時：2023年8月21日 0時
