Adagio Cantabile 2 (ページ9)

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ドームツアー千秋楽、アンコールを終えて舞台袖へ一歩踏み込んだ途端、髙地の身体はぐらりと傾ぎコードだらけの床へと叩きつけられた。隣を歩いていたジェシーと慎太郎が慌てて抱き起こすと、『へへっ、』と力無い笑みが紫色のくちびるから零れた。

「こーち、こーち……っ！」

「救急車……薬は楽屋？鞄ん中？！」

先を歩いていた樹と北斗も駆け寄って来て、あっという間に5人で彼を囲むような形になる。樹が近くにいたスタッフさんに担架と酸素ボンベを頼み、マネージャーが震える声で119に状況を伝えているのをぼんやりと聞きながら、俺は髙地から目を離すことが出来ずにいた。衣装もそのままに、膝をついて屈んだジェシーの腕に凭れてぐったりと荒い呼吸を繰り返すその姿は、それでもぎらぎらと、ステージに立つべき人間の輝きを放って見えた。投げ出された手をそっと握ると、ありえないほどに熱い体温が伝わってくる。かちり、と目線が合い、指先に力を込める。髙地は俺の目を見て、再びにへら、と笑ってみせた。

『でも、そん時だったら、幸せだったなー！って笑って死ねるわ、俺』

あの日、ふたりきりの病室で聞いた彼の言葉が、消毒液とリネンの匂いと共にぶわりと蘇る。

わずか数メートル先、幕の向こうからは、退場を促すアナウンスと未だ色めきだったままの賑やかなざわめきが聞こえてくる。
喧騒と燐光のなか、彼のひゅうひゅうと隙間風のような呼吸音と黒々とした瞳の輪郭だけが、あまりにも鮮烈で、俺は。