Adagio Cantabile 2 (ページ22)

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酸素不足で色の悪い頬。まばらに抜け落ちた睫毛にふちどられた瞳が、薄桃色の容器を見つめたまま弱々しく細められる。

「――もう……おれ、がんばれない……っ」

ほとんど声になっていない掠れた声で紡がれた言葉は、切実すぎる響きを持ってふたりきりの病室に落っこちた。
彼の身体も心も、もうきっと限界に等しいのだろう。今まで樹は一度も、治療をやめたいとは言わなかった。それどころか、闘病への不安や小さな愚痴すらも、俺たちはほとんど聞いた事がない。彼は甘えただけどすごく意地っ張りで、俺たちに心配をかけまいとしていたから。治療を諦めることは、当然のように死を意味する。彼自身がそう言ってしまえば周囲がどんな反応をするのか、彼は分かっていたのだろう。
……認めたくない。諦めてほしくない。これからも、俺たちがみんなしわくちゃのおじいちゃんになるまで、樹と一緒に笑っていたい。――だけど、それは俺たちのエゴでしかない。先の見えない茨道を頑張って乗り越えてきたのも、今まさに闘っているのも、これから先に待ち受ける苦痛を味わうのも全部、全部、樹なのだから。

俺は彼の背からそっと手を離した。そしてそのまま、ぺらぺらの身体を強く抱きしめる。
樹は抵抗しなかった。短く浅い呼吸だけが、不規則に俺の肩口へ触れた。

細く空けられた窓の隙間から入り込んだ花冷えの外気が肌を刺すような、晩春の昼下がり。
腕の中にあるの樹の身体があまりにも小さく感じてしまって、俺はどうしようもなく泣きたくなった。

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