Adagio Cantabile 2 (ページ16)

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「それに、？」

「俺ね。色盲もそうだし、病気もね――すごく珍しいやつで。希少がんとか言われて年間十万人に一人なんて、嬉しくもない当たりくじ引かされるばっかの人生でさ。……だから、なんにせよ、俺のこの特性が誰かを嬉しい気持ちにできた、役に立った、ってことがめちゃくちゃデカいことみたいに思えて」

「――ありがとうね、ジェシー。俺、ここに来られて良かったかも」

言葉を繋げながら、ぼやけた視界がさらに滲んでいって、目元に熱が集まってくるのを感じた。ふたりして濡れた目で顔を見合わせ笑い合って、どちらからともなく手を差し出し、今度こそしっかりと握手する。初めて触れた彼の掌は、大きくて、熱くて、そして柔らかだった。

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今俺が握っている彼の手は、骨ばっていて、乾燥していて、そしてとても冷たい。ジェシーはもう何日もの間、深い眠りに陥ったまま目覚めない。隅々まで病に侵された臓器は本来の働きを喪い、有毒物質が脳機能にまで影響を及ぼしているらしい。意識のまだはっきりしているうちに『一切の延命措置を望まない』と主治医たちへ伝えていた彼は、このまま、俺よりも先に現し世から去ってしまうのだろうか。

「……もうちょっとだけさ、早く会えてたら良かったなあ」

出会いから、たったのふた月半。
もっとお喋りがしたかった。彼の明るい声が聞きたかった。俺の知らない世界について教えてほしかった。
空いているもう片方の手で、布団越しにも分かるほど膨らんでしまっているお腹に触れた。とんでもなく苦しいし気持ち悪いだろうことは、俺も身をもって知っている。それなのに今の彼は何を訴えることも出来ないし、周りでどうにかしてあげることすら難しい状況なのだという。ままならないことばかりだ。俯き、唇をかみしめる。
サンルームから聞こえてくるピアノの音、窓から差し込む夕陽、もう嗅ぎ慣れた消毒液の匂い、己の掌に伝わるひやりとしてかさついた感触。元から色なんてついていたことは無かったはずの世界なのに、どうしてこんなにも味気なくくすんで見えるのだろう。

「――こういうときにも、当たりくじを引ければ良かったのにな……」

ぴくりとも動かない指先。瞼が震えることもなければ、唇が開くこともない。
全ての奇跡は今日も起こらないで、太陽はゆっくりと沈んでいく。