あの日の恋が嘘みたい。【歌い手】

＊ ページ38

「いっ…。いたあ…。」

とりあえず、もらった痛み止めを飲む。

痛みは止まるけど、羽の成長は止まらない。

そっと背中に手を回す。

ああ、もうまた羽が大きくなってる。

よく「天使」とか「エンジェルボイス」とか言われる僕。

僕、天使好きだし、今まではすっごく嬉しかった。

でも今は、天使嫌い。

羽が大きくなるほど僕は死に近づく。

天使になんて、なりたくないな。


そんなことを考えながら今日も作業を進める。



「…？知らない番号からだ。」

そのとき、僕のスマホから着信音が鳴って、画面に知らない番号が表示された。

どうしよう。いたずらかな…？

少し考えたけど、出ることにした。

「はい、相川です。どちらさまですか？」


「相川さんですか？総合病院の田中です。」

とりあえず、いたずらとか詐欺とかじゃなかったことにほっとする。

でも、なんで病院…？

僕、今週は診察行ったはずなんだけどな…。




「花咲Aさんが、事故にあわれました。」



え？

声は聞こえる。

でも、脳に情報が伝わってこない。

どういうこと…？

体中の細胞が、凍り付いたように動きを止める。



「…さん、相川さん！」

田中さんが僕の名前を呼ぶ。

やっと、脳の細胞が少しだけ活動を始めた。

返事をしたくても、壊れたクラクションみたいに声が出ない。


「はいっ…。」

「今手術中なので、すぐに総合病院に来てください。」

「はい…。」

なんとか返事をして、電話を切る。

倒れそうになるのを必死にこらえ、外に出る準備をする。


Aがこの世界からいなくなったら、僕は生きている意味なんかないよ。

まだ、やりたいことたくさんあるよ？


だから、まだ


いかないで。




ダッシュで総合病院まで向かう。

僕の家からたった10分くらいで着くはずなのに、

すごく長く感じた。

永遠に病院にたどり着けないんじゃないか、って何度思ったことか。


普段あんまり運動してなかったせいで、息切れがすごい。

「ほらー、まふくんも運動しなきゃダメだよ？」

ズキッ。

Aの優しさを思い出して、羽が痛む。


他のことを考えようと思っても、走っている間、Aのことしか考えられなかった。

僕の頭の中はAであふれていた。



やだよ、待ってよ、死なないでよ。

僕をひとりぼっちにしないでよ。

もうちょっとだけ、頑張って。

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