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「一つは、世界中の人々が使っている共通言語。地方で多少の訛りがあっても、基本的にどこの国や土地でも同じ言葉を喋ってる」
とん、と細い指が地図を叩く。
「そして───もう一つが、トラン語」
「トラン語……?」
聞き覚えのない単語を復唱する。それは地図の端っこ、南西のほうを指差していた。
「そう。共通言語とは全く異なる形式を持っているんだ。そしてトラン語を日常的に使用するのは世界でも、『トランの民』と呼ばれる人たちだけ。
彼らは世界中に広く分布していたけれど、『遅れた部族』として南に迫害された。だから今は、属州カタルゴ───この谷の上の、辺境に多く住んでいる」
そしてユナンは、地図から顔を上げる。私をじいと見つめていたが、私はそれに暫く気がつけなかった。
この地図を見る限り、全ての大陸が地続きというわけではない。大まかに分けても三つの大陸が存在している。
だかそのどれもが、全く同じ言葉を話すのだと。そして唯一違うのは、その迫害されたという『トランの民』。それに抱くのは、最早違和感なんてレベルのものじゃなかった。
「琥珀、もう一度聞いていい? 君のいた世界では、国が違えば全く違う言語が使われていたの?」
「……うん。確か、世界の中では、合計何千ってあったはず」
「なるほど。君が今話している言語は、確かに君が生まれた国のもの?」
「…………うん」
背中が粟立つ。確かに、それって、おかしいじゃないか。
私が今口にしている言葉は、私が生まれ育った国のものだ。それは確信できる。
だったらそれがどうして、この世界の共通言語になどなっているんだ。
私は俯いた顔を上げられない。
ユナンもユナンで、ずっと何かを考えているようだ。それから、最後にもう一つ質問をされた。
「……言葉を話す知的生命体は、人間以外にいた?」
「知的生命体……」
要するに、言葉を話したり、人間と同等の知識を持つものが他にいるか、ってことだろう。宇宙人とかが多分それだ。だけど私の記憶にある限りそんなものは、
「……ううん、いない」
「───そっか」
沈黙。
風も吹き込んでいないというのに、冷め切ったお茶の水面が揺れた。
最早、気味が悪いとしか思えなかった。
神なんて信じてはいなかった。けれど私がここにいる以上、そんなものが存在していると信じるしかない。
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名無しさん(プロフ) - 藍茶さん» 藍茶さん初めまして、ご感想ありがとうございます!返信が遅くなってしまってすみません。この状況下なので私生活でも色々あったのですが、できるだけ更新ペースも元に戻していきたいとは思います。よろしくお願いします (2020年6月4日 16時) (レス) id: 8c887b66b4 (このIDを非表示/違反報告)
藍茶(プロフ) - 最近読み始めました。めっちゃ面白いです!更新待ってます(*´ `*) (2020年5月10日 1時) (レス) id: cd49a05e5e (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:名無しさん | 作成日時:2020年3月4日 21時