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 扉を閉める。
 この谷底は、前も後ろも右も左も真っ黒だ。

 思えば、いろんな人に酷いことをしてきたと思う。

 自己嫌悪の塊だと嗤われたって良い。結局今回も、自分が全て悪かっただけの話なのだろう。いつだってそう片付けてきたのだから、今もきっと、ただ『そうだった』というだけの話。

 正直言って、さっきから頭痛や目眩、吐き気といったものが止まない。本当にゆっくりしすぎた。そんな自分を心の中で殴りながらも、谷底の冷たい空気を吸って自分の目を醒ます。

 今は身軽だ。
 腰に吊った、重かったものは何もかも消えた。それがひどく懐かしい。

 あの頃はほとんど杖しか持ってなかった。今のように武器をじゃらじゃらと身に付けることもなかった。自分の臆病でガキみたいな精神と、ユナンから貰った杖だけ持って飛び出したんだ。

 それが今は───この有様だ。

 直前になって、昔とほとんど同じ格好をする。それがなんだか可笑しくて、歩きながら笑ってしまった。
 ふと上を見れば、馬鹿みたいに大きい天使の像がちらりと見えた。

 もう本当に、時間はない。
 なけなしの魔力を使えば、彼の下まで飛んで行く程度は容易いだろう。急がねば───


 ふと、天使像が手に持った剣を振り下ろした。
 ルフへと還される地。
 この世界は、次元の境界が薄かった場所から真黒に塗り潰されて行く。
 工房もユナンの家も、工房に残った魔力のほとんどを使って、あの天使達が到達するのが一番遅いところまで転送した。何かの間違いがあっても、あのようにルフに還される心配はない。



 そんなことを考えていたはずなのに。
 自分はどうしてか、アレに懺悔していた。あわよくば殺して欲しいとさえ思った。

 ────自 殺願望。

 彼に出会ってからは顔を見せなかったが、たった今、ひょいと顔を出していた。
 ああ、厭になる。

 でもここで死ぬ訳にはいかない。
 死ぬなら死ぬで、矜持ってものがあるんだ。やることやってからじゃないと、満足に死ねやしない。少なくとも、今はそうなっている。

 幸いにもここは大峡谷。すぐ上、この地上に彼はいるだろう。

 右手に収まったブレスレット。
 もう一度だけ握り締めて、足を前へと進めた。

第────夜 さようなら→←〃



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作者名:名無しさん | 作成日時:2019年11月3日 19時

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