〃 ページ27
◇
扉を閉める。
この谷底は、前も後ろも右も左も真っ黒だ。
思えば、いろんな人に酷いことをしてきたと思う。
自己嫌悪の塊だと嗤われたって良い。結局今回も、自分が全て悪かっただけの話なのだろう。いつだってそう片付けてきたのだから、今もきっと、ただ『そうだった』というだけの話。
正直言って、さっきから頭痛や目眩、吐き気といったものが止まない。本当にゆっくりしすぎた。そんな自分を心の中で殴りながらも、谷底の冷たい空気を吸って自分の目を醒ます。
今は身軽だ。
腰に吊った、重かったものは何もかも消えた。それがひどく懐かしい。
あの頃はほとんど杖しか持ってなかった。今のように武器をじゃらじゃらと身に付けることもなかった。自分の臆病でガキみたいな精神と、ユナンから貰った杖だけ持って飛び出したんだ。
それが今は───この有様だ。
直前になって、昔とほとんど同じ格好をする。それがなんだか可笑しくて、歩きながら笑ってしまった。
ふと上を見れば、馬鹿みたいに大きい天使の像がちらりと見えた。
もう本当に、時間はない。
なけなしの魔力を使えば、彼の下まで飛んで行く程度は容易いだろう。急がねば───
ふと、天使像が手に持った剣を振り下ろした。
ルフへと還される地。
この世界は、次元の境界が薄かった場所から真黒に塗り潰されて行く。
工房もユナンの家も、工房に残った魔力のほとんどを使って、あの天使達が到達するのが一番遅いところまで転送した。何かの間違いがあっても、あのようにルフに還される心配はない。
そんなことを考えていたはずなのに。
自分はどうしてか、アレに懺悔していた。あわよくば殺して欲しいとさえ思った。
────自 殺願望。
彼に出会ってからは顔を見せなかったが、たった今、ひょいと顔を出していた。
ああ、厭になる。
でもここで死ぬ訳にはいかない。
死ぬなら死ぬで、矜持ってものがあるんだ。やることやってからじゃないと、満足に死ねやしない。少なくとも、今はそうなっている。
幸いにもここは大峡谷。すぐ上、この地上に彼はいるだろう。
右手に収まったブレスレット。
もう一度だけ握り締めて、足を前へと進めた。
58人がお気に入り
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:名無しさん | 作成日時:2019年11月3日 19時