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そうして立っていたその時、ぐにゃりと琥珀の視界が歪んだ。立っていられなくなり、思わず机に手をつく。
「琥珀!」
「……大丈夫だって……ただ、ちょっとゆっくりしすぎたか……さすがに、もうそろそろ行かなきゃ⋯⋯覚悟が、薄れそ、う」
しばらく深呼吸をすれば、視界はなんとかクリアになってきた。
扉のほうへ向かう琥珀の背中に、クルトはいけないことだと分かっていてもどうしてか声をかけてしまった。
「ご主───……琥珀……」
琥珀はゆるりと振り向いて、また笑顔を浮かべたのだ。
「⋯⋯今までありがとう、クルト。
どうか、なぎさをよろしくな」
その制止の言葉は、何故か口から出なかった。体の中に満ちた琥珀のルフがそれを拒否しているかのようだった。
部屋には眠る人間が二人。
琥珀の荷物。
それだけがただ佇んでいて、どこまでも、酷く、寂しかった。
一羽の梟は一度だけ瞬きをすると、きぃと音を立てて閉じた扉を見つめた。
あの扉は、もうあちらから開くことはないだろう。
彼女を止められなかったこと。他に方法だってあったはずだ。
それを数年前も、今も。
自分の主人に対して『死ぬな』の一言も言えなかったことを、梟はただ後悔していた。
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作者名:名無しさん | 作成日時:2019年11月3日 19時