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◇
「───触覚と、視覚が……」
アラジンの話を、ユナンはただ黙って聞いていた。腕を組み、彼らしからぬ表情には不安が顔を覗かせている。
「いや、多分もう、味覚もほとんどないのです」
唐突になぎさがそう言い、アラジンは尋ねる。
「どうして分かるんだい?」
「ほら、一度だけ、なぎさが食事を運んだ時があったでしょう。あの時、スープの中に琥珀の嫌いな辛いヤツを入れたのです。
……帰ってきた皿は空っぽでした。ほんのちょっとの辛味にも過剰に反応するあの琥珀が、アレを完食できるとは思えないのです……」
幼い顔の眉間には皺が刻まれる。
これで触覚、視覚、味覚はほとんど失われているといっていい。残る耳と鼻も時間の問題だろう。
「なぎさ。何か心当たりは?」
ユナンが尋ねるが、なぎさはふるふると首を横に振った。
完全に手詰まりだ。原因不明の病魔が今も琥珀を蝕んでいるというのに、何もできない。そんな焦りが背中をなぞる。
───あれが病気などではないと分かったのは、これから数年後の話だ───
◇
ユナンが大峡谷へと帰り、中庭にあったすてきなお家は光の粒になって消え去る。
残されたなぎさとアラジンは噴水に腰を下ろし、なるだけ小さな声で話していた。
「ユナンが最後の最後、頼みの綱だったのですが……あいつも、琥珀のことを話してくれなかった……」
俯いて肩を震わせるなぎさの背中をさすりながら、アラジンは静かに口を開いた。
「朝、食事を持っていった時もまだ琥珀さんは眠ってた。昨日の昼からだ。いつ起きているのかも分からないし、そろそろ『会談』も近い。今すぐにでも話をしたいけど、そうはいかないんだ……なぎさちゃん、君は『会談』に来るかい?」
「……なぎさが?」
一度アラジンを見上げてから、再び視線を揺れる草花へと落とす。
決めるのは早かった。
「───行くのです。アラジンの故郷の話をするのですよね?」
アラジンは頷く。なぎさにだけは、触り程度だが先に話をしていた。アラジンも驚いたのだが、なぎさは別の世界の話を特に驚きもせず、すんなりと受け入れた。
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作者名:名無しさん | 作成日時:2019年8月4日 23時