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部屋の中には二人だけだ。彼の透き通ったような声が響いた後は、呼吸音すら響かなかった。
「私を舐めないでくださいよ、細かい挙動を見ていれば目に異常があることぐらい気付きます。
その目……全く見えていないというわけではないようですが、今見えている範囲のほうが狭いんじゃないですか」
琥珀はジャーファルを見ず、毛布に視線を落としたまま返事もしない。
「だんまりですか。埒が明きません。ヤムライハを呼んで来ます、そこで大人しくしていなさい」
「いや、ちょ、待てってジャーファル、何もないってば! 大丈夫だから、私の体は今だって正────」
「それのどこが正常ですかっ!
剣や杖が振るえないどころか物もろくに持てず、目も見えない、一人では生活もままならない! ……一体、それのどこが正常だ!」
ひとしきり叫んだ後、すまなそうに俯くと、何も言わずに部屋から出て行ってしまった。
その緑色のクーフィーヤを見送る。
アラジンは、彼の開いた扉の裏に隠れるような形で立ち尽くしていた。
今日の食事はジャーファルが持っていったと聞き、アラジンもヤムライハの研究室から医務室へと直行してきたのだ。
そして来てみれば、何やら苛立っているジャーファルの声。入るに入れず、扉に耳をすましていた。
そして今に至る。開けられた扉は間一髪で飛び退いたアラジンの鼻を掠め、ジャーファルはアラジンに気付かず部屋を出て行った。おそらく、ヤムライハのもとへと向かったのだろう。
それよりも、彼の放った言葉。
『あなた、目が見えないでしょう』
頭に縫い付けられたように離れない。
機能しなくなったのが触覚だけなら、きっとまだ良かったのだろう。それでも今は何か、何か何か何かとてつもなく嫌な予感がしてたまらない。
目を逸らさずに話をするべきなのに、彼女の体に起こる原因不明の異変を認められない。認めたくない。
それを確証にしてしまえば、大切な何かが音を立てて壊れてしまうような気がしたからだ。
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作者名:名無しさん | 作成日時:2019年8月4日 23時