黒猫は幸せを届けたい (ページ16)

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いつかのはなしページ16

城内の、鬱先生の少し散らかった部屋でその事件は起きた。
その日は風が穏やかに頬を撫で通り過ぎ、太陽は優しく輝いて人々を照らしていた。嫌に晴れた春の日だった。

特にやる事が無くて外を歩き回り、畑の近くを通った時に少し汚してしまったメダルを拭いてもらおうとご主人の近付いて、首輪を外して貰う。

｢くろみつ！！！｣

カチン、まるでスイッチが入るような音が聞こえたと思ったらご主人の酷く焦った声が聞こえて、次の瞬間にはぎゅうっと抱き締められ、抱え込まれた。

そしてソレはすぐ側で目を開けていられない程の閃光と共に、耳を劈く音を響かせた。

｢ｯ｣
一瞬の眩しさと高音の後、力の抜けた腕からどうにか顔を覗かせご主人を見上げると
｢よかった、｣そう言って笑いながらくたりと倒れてしまった。
私はご主人に抱え込まれ、温かい手で耳を押さえられたからほんの少しの耳の痛みで済んだが、ソレを真正面から至近距離で喰らったご主人は耳から血を流し、瞳は私を写していなかった。

どうしよう、どうしよう、どうしよう！
私のせいでご主人は身を守れなくて、モロに閃光を見てしまったかも知れない。
助けを呼ぼうにも、気を失ってしまったご主人の腕に潰されて動けないし、どれだけ鳴いても小さな猫の声は厚い扉の向こうへは届かない。

『にゃあ、にゃあ！うるぁぁん、みゃぁぁぁぁう！(誰か、誰か！ご主人が動かないの、誰か来て！)』

こんな時、私が人間だったなら人を呼べるのに。ただ鳴いて、ないて助けを呼ぶしか出来ないこの身体が酷く憎い。

鳴いて鳴いて、鳴いて。喉が枯れて声も出せなくなった頃、ご主人のインカムに通信が入る。

『ったく、なんべん掛けても出えへんとか……』
操作していないのに繋がった通信に、聞こえて来るのは一人でこの国のセキュリティを担う、良く通る声を持つ桃色の彼。

『に゛ゃあ”ぁぁう』
彼に届くように祈りながら、ガラガラの喉を無理やり震わせ鳴く。気付いて、助けてくれと伝わるように。