16 ページ16
それから俺はアリスにブルー・アベニューのカフェで起こったことを話した。アリスは服も着直さないまま煙草に火をつけ、黙って俺の話を聞いていた。俺がひとしきり自分の宗教観について話し終わったところで、アリスははあっと白い息を吐いて言った。
「なんだか頭が痛くなる話ね」
「だろう？人種差別なんてこの世ができてからすぐうまれた代物なのに、それから数千年経ってもまだ存在してるんだぜ。狂ってるのはどっちだっていう話さ」
「違う、そうじゃないわ。あなたの話がつまらないって言ってるのよ」
「僕の話がつまらない？どこが？」
アリスは生気のない目をくるりとこちらに向け、長い睫毛を瞬かせて言った。
「女に宗教と人種差別の話をして楽しいと思うの？あたし娼婦よ。学なんてないの。あなたの言ってること、半分も理解してないわ」
「ああ、そうなのか。それは悪かった」
アリスは煙草の火を消すと、立ち上がってネグリジェを着直し始めた。その様子をぼうっと見続ける俺の視線に気づき、舌を鳴らして言った。
「あなたおかしいわ」
「え？」
素っ頓狂な声を出した俺を見たアリスは笑った。月夜に照らされ、吸い込まれるような不思議な瞬間だった。
「あなた、"こなれて"いたいんでしょ」
「は？」
「話聞いてたらわかるわ。お酒も飲むし、ドラッグもやるし、こうやって一流のホテルで娼婦を買ったりもできる。その娼婦に金は払うから俺の話を聞けって、宗教と人種差別に反対の話を永遠にする。もう見え見えよ。うざったいくらい」
「ちょっと待ってよ。君、何が言いたいんだよ？」
「あなたがひどく"お上りさん"だってことよ。俗物的すぎて吐き気がする。やらないなら帰るわ。料金も要らない」
「ちょっと」
アリスはつかつかとヒールを鳴らして部屋の扉を開けた。廊下の電光が部屋に入る。俺は眩しさに思わず目を細めた。妖艶に輝くアリスの白く長い髪だけが、俺の瞼に焼き付いた。
「あなた、ろくな大人にならないわよ。あたしが言うのもなんだけど」
そう言うと、娼婦は踵を返した。扉が大きな音を立てて閉まり、部屋には再び沈黙と果てしない闇が訪れた。
「なんだよ、あれ」
俺は思わず呟いた。俺の声は泡となり、くうに浮かんでぱちりと消えた。
『あなたがすごくおのぼりさんだってことよ。俗物的すぎて、吐き気がする』。
アリスの息が、俺の中にまだ残っている。高速バスが出るまで、あと数時間ある。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 19人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
ふき(プロフ) - お疲れ様です。原作とは違う切なさが、翻訳調相まって楽しませて頂きました。写真も臨場感たっぷり。舞台化して欲しい！サカモトくんとゴウが出会う場面がとても好きです。シュガーちゃん達のお話も続きをお待ちしております。 (2018年4月29日 19時) (
レス) id: ada8638135 (このIDを非表示/違反報告)
Mao(プロフ) - ふきさん» ありがとうございます！トニは尊すぎて書くには覚悟と下準備がいるんですよね笑。参考にさせていただきます！ (2018年4月6日 23時) (レス) id: a30f7359e2 (このIDを非表示/違反報告)
ふき(プロフ) - 捕手には、なれずモラトリアムの闇に、沈んでいた日々。若さと折り合いが悪かった時代を思い出しました。若さって痛みを伴いますよね。楽しみに読ませて頂きます。厚かましいですが、トニにも是非いい物語を！個人的には「スモーク」如何でしょうか。 (2018年4月5日 19時) (レス) id: ada8638135 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：まお | 作成日時：2018年4月4日 7時
