〜誰がために〜 (×in)

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「考えることより、感じることの方が大事って言った、科学者の本だよ」

センス・オブ・ワンダーっていう題名の付いた、綺麗な装幀のそんなに厚くはない本。

伊野尾くんは科学者って言ったけど、俺が読んだ説明はアメリカの海洋生物学者ってなってた。
まあ、科学者なのか？


伊野尾くんが俺をその本になぞらえたから、俺は、その本を一応読んでみた。


思ったよりも難しい内容ではなかったけど、まあ、俺が作者の真意を理解出来てないだけかもしれない。

それこそ、俺からすれば、伊野尾くんみたいだよ。この本が。


俺は表面に見えてる分かりやすいとこしか解らないから、伊野尾くんは俺のことが好きなんだと思ってるよ。

でも、真意がどこか別のところにあるのかもしれない。



…でもさ、そんな風に考え始めても、今更俺には何にも解らないから。

やっぱり俺は考えないことにするんだよ。


俺の大好きな伊野尾くんは、俺の恋人。

だって、伊野尾くんも俺の事が好きだって言ってくれるから。







…だけど、そんな瞳の反らし方をする伊野尾くん、初めて見た。


基本的に伊野尾くんは、嘘をついてようが隠し事をしていようが、全くうしろ暗いことなんかないように真っ直ぐに俺の目を見てくる。


なのに。


今日、ロケ現場に一番最後に着いた伊野尾くんは、最初に俺を見たのに、目が合ったのに、ふっと下を向いた。


俺の笑顔は空振り。

なんだか、オドオドしているような。
見たことない伊野尾くん。

…どうしたの？



伊野尾くんの感情は大体いつも安定してる。

楽しそうにしてても、羽目を外しているように見えても、ちゃんと自分でコントロールできる人だ。

ましてや、仕事場に不安定な感情を持ち込んだりしない。



揺れる感情を隠しきれないなんて、らしくない姿を表に出してくるなんて。



俺は、見たくないのに。

気付きたくないのに。


そんな伊野尾くんにさせてる誰かのことなんて、感じたく、ないのに。






「伊野尾」

聞きたくない、誰かの声が伊野尾くんを呼ぶ。


伊野尾くんは、止めていた息を吐くように体の力を抜いて、そちらの方に振り返る。







行かないで。

伊野尾くん。


行かないで。



…行かないで。

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