〜誰がために〜 (×in)

32 Yabu 4/28 ページ32

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平成最後に駆け抜けた１ヶ月。


今の俺が持っているすべてを出しきった。


カーテンコールを終えて、出演者の皆さんと労いあって、ほっと一息。

…終わったんだぁ…。




体作りから始まった今回のミュージカルの舞台。

約半年。

準備期間からずっと張り詰めていた空気を静かに解放していく。



若い頃のとは意味が違う今回の主演舞台。

もう、若さだけではない、実力で勝負するものだから。

アイドルだけど、それだけではないものを出していかなきゃいけなかったから。



…なんか、空っぽになっちゃった気分。


シャワー浴びて、着替えて、マネージャーに連絡しようかな、と思ってた時だった。






楽屋のドアをノックする控えめな音。

「…薮」







息を飲んだ。


「見に来てやったよ」


微笑むその顔は、

夢でみた表情そのもので。





間違えてしまったのは、きっと、心が空っぽになってしまっていたからで。



あり得ない。

自分の行動が信じられない。






気がついたら、

伊野尾を抱き締めていた。




驚いて体を強ばらせた伊野尾が、ゆっくりと力を抜いて、俺に預けてくるその感触が懐かしくて、俺の判断を更に狂わせた。


「誰にもばれなかったよ。上手く隠れられた。」

イタズラっぽく笑って、俺を見上げる。


「凄かった。薮。凄かったよ。…やっぱり、薮だよ」



こんなに近くで伊野尾の鼓動を感じるのは、あまりにも久しぶりで。

呼吸とともに、体を満たしていく伊野尾の匂いが、俺を染め変えていくようで。



狂おしく俺の中で暴れまわる熱が、留まることを選ばずに、唐突に俺の口をついて溢れた。




「好きだ。」




あの日のように。




あの日と違うのは、お前。

お前は涙を流すことなく微笑んで、

お前はもう俺のものではなくて、



どちらともなく合わせた唇を、お互いに貪り合うように重ね続ける。




何が間違っているのか。

誰が間違っているのか。


誰のために、誰が何をすればよかったのか。




外してしまった鍵はもう使い物にならない。

それだけは、分かっていたのに。

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