【HQ】それを言うなら【短編集】 (ページ21)

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財布がなければ金もない。金がなければバスには乗れない。この路線は定期券の範囲外だ。

困り果てた俺に、しかしAは笑顔を向けた。

「大丈夫だよ、私が払っとくから」

「あ、じゃあ悪いけど頼む…」

条件反射でそう言ってしまったが、たぶん俺は悪くない。と思う。
そうだ、悪いのは俺ではなく彼女なのだから、バス代を払ってもらうくらい気にすることはないだろう。

自分で自分を納得させ、バスに乗り込んだ俺はまたしても驚愕することになった。

運転手がカボチャのかぶりものをしているのだ。

俺は思わず眉をひそめたが、Aにそれを気にする様子はない。
彼女は「後ろの連れも合わせて2人、お願いします」と言いながらぱちんと指を鳴らし、出てきた大きな棒つきキャンディをふたつ、運転手に差し出す。…乗車賃のつもりなのだろうか。

「はい、どうぞー」

もちろん運転手も平然としている。彼(もしくは彼女)は当たり前のようにキャンディを受け取って、俺たちに乗車を促した。

網棚には優雅に寝そべる黒猫。
吊革にはコウモリがぶらさがっている。

車内のそこらじゅうに置かれたジャック・オー・ランタンがともすのは、降車ボタン代わりの灯り。

すでに疑問を口に出すのも億劫で、黙ってバスに揺られながらAの目的地を待つ。窓の外に見える街中は大量発生したカラスに占拠されつつあった。