野良 ページ24
アスファルトの擦れる音がする。ぼんやりと顔をあげた野良が此方に視線を寄越した。
「ああ、貴女はまだ居たの。」
見透かすような瞳が歪んで、笑う。
私は強ばった体をどうにか動かして、歩みを進めた。
「……ええ。」
それは、掠れた声だった。
夜ト様と出会ってから、一度だけこの子が現れたことがある。
「どうして妖が夜トと居るの?」
締め上げられた指先の感触を未だに覚えている程に、衝撃的だった。彼女が私の秘密を誰かに話してしまえば、私はここには居られなくなる。それでも黙っていて欲しいとすがることも出来なくて、私はあの時、締め上げられた喉を震わせて、言葉を押し出した。
「……愛しているから。」
あの時の野良の憎悪の表情が、頭の中で浮かんで消える。
この少女とは二度と会いたくはなかったけれど、やはり、叶わないものだった。
「ねぇ、夜トの前であの時の言葉を言ってみてよ。夜トをあ「やめて!!!」
つんざくような声で、私はがむしゃらに祈った。これだけは知られてはいけない。これだけは、駄目だ。妖とばれて捨てられても、この想いだけは伝えられない。
「……俺の神器に何吹き込んだ野良。」
「人聞きが悪いよ夜ト。何も吹き込んでないったら。……あーあ、私が悪者みたい。いつでも待ってるからね。夜トが私の名前を呼んでくれるの。」
静かに笑った野良が消える。
変な汗をかいた体が震えた。
「Aさん、今のどういうことなんですか?」
ひよりさんの言葉に、私は爪が食い込んで血が出る程、手を強く握る。
言い訳が出来るような空気では最早無い。
「ひ、ひより……Aの手から血、出てるし……とりあえず後にしようぜ。」
雪音くんの宥める声にひよりさんが静かに抗議した。
「でも、今はっきりさせないと夜トと雪音くんが後々傷つくかもしれないよ。」
最もだ、と口を真一文字に結んだ雪音くんが不安げにこちらを見つめる。私は小さく唇を噛み締めた。
「ひより、こいつは俺の神器だ。野良に何を言われようとこいつと雪音だけは手離さない。」
不意をつかれて、全て告白したいような気持ちになった。
こんなに大切にしてくれるこの人を欺き続けて許されるわけがない。それなのに、私は黙って俯いただけだった。……もう少し隣に居たいなんて、惨めな願望にすがってしまった。
ひよりさんの納得いかなそうな瞳に、きつく目をつむる。もう後戻りは出来なかった。
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まチョコ - 上手すぎやろ。喋り方までそっくり。面白いし感動した。 (2021年9月1日 18時) (レス) id: 310d4b66e7 (このIDを非表示/違反報告)
琉那(プロフ) - めっちゃ面白いです (2019年9月30日 21時) (レス) id: 60dcb24f8e (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:桜狐 | 作成日時:2019年8月24日 23時