四十八話 ページ8
「これは、十数年程昔の話……そう、京くんが三才くらいだった頃の話かなぁ？」
にやりと笑った犯人は語り始める。
聞きたくもないような、何よりも胸糞悪い昔話を。
「やめて！やめて！まだ産まれたばかりなのに！いやだ！殺さないで！」
夜も更けてきた頃、近所への迷惑も憚らずに絶叫する女性の声。
「………」
ゆらゆらと可笑しな足取りで、黙ったまま女性に詰め寄る男性……その手には暫く研がれていないと思われる包丁が握られていた。
「いやぁ………なんで殺すの……」
泣きじゃくって慈悲を求める顔をする女性。
「…………"しほ"…」
「なっ……何…？私が……どうしたの」
怯えた目付きで問う、しほと呼ばれた女性。
「………母さん、殺しただろ」
「なっ………んで……"大地"がそれを…？」
図星と思えるその顔に、大地と言われた男性は表情ひとつ変えずに包丁を握り直した。
「ま、別にそれがどうとか言うわけでもないけど……仇討ちみたいで、かっこよくないかな」
真顔で言う大地は、精気がなかった。
果たして、心からそう思っているのか。
「じゃ、殺すね」
なんとも軽い調子で言い放ったその言葉は、しほを絶望させるに足るものだった。
恐怖で悲鳴もあげられない様子で大地を凝視するしほを、大地はいとも簡単に、そう…まるで蟻でも潰すかのように殺した。
人間は人を殺す時、必要以上に殺すと言う。
殺しが甘くて、起き上がってきたらどうしようという杞憂で、つい殺し過ぎてしまう。
しかし、大地はそれをしなかった。
急所をひと突きだった。
だらだらと流れていく血にも動揺することなく、ただそこに大地は立っていた。
しばらくした後に、死体を持ち上げて黒い袋に詰め込んで、厳重な鍵が掛かっていると思われる、金庫のような大きな箱に仕舞い込んだ。
「………お母さん…？」
和を感じさせる、襖の隙間から覗いていたのは、幼き日の京だった。
戦慄の空間に、赤子の寝息が静かに聞こえてきた。
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