五十八話 ページ17
また、無機質な機械音が聞こえる、あの病室にいた。
しかし、前回のように、僕がベッドの上であることはなかった。
今回は、勿論神崎さんだ。
僕は、自分で言うのは忍びないが、慣れた手付きで梨の皮を剥いていた。
皿に切られた梨が全て並べられた頃、ふと顔をあげれば神崎さんが起きていた。
「………ぁ、神崎さん…」
神崎さんはここにいる理由が分からないとでも言うように、わざとらしく瞬きをした。
「えっと……京くん?無事で良かったね」
その暢気な声に、僕は少々苛立ちを覚えた。
「どうしてですか」
「………ん?」
まるで、何を言っているのか分からないと言うように、神崎さんは困惑した表情を隠そうともせずに浮かべる。
「どうして、僕なんかを助けたりしたんですか。僕を助けた所為で、死ぬところだったんですよ?」
「……それは、分かってるよ。それでも、僕は生きてたし、それに、僕がああでもしなきゃ、君が死んでたんだよ?」
諭すように言う神崎さん……柄にもなく大人面をしている。
「でも、僕が死んでりゃ、それで済んだじゃないですか?別に僕が死のうが…別に、別に……」
「それは違う。君が死んでいたら僕が悲しむ。君の妹ちゃんが天涯孤独の身になる。惺くんが気に病む。君の仲の良い子が辛い思いをする。君の周りの皆が、もれなく全員悲しむ。それを失念しちゃ、いけないよ」
やめてくれ……僕はそんなに、人望の厚い奴じゃない。
「………大丈夫。僕は君を死んでもいい奴になんかしないよ。まぁでも、心配させてごめんね?」
「………そうですよ…心配したんですよ…大人が子供を心配させないで下さいよ…!もうこんなこと、二度としないで下さい…!」
僕はいつの間にか、悲痛な声になりながら話していることに気付いた。
そして、泣いていることにも。
「あぁ………ごめんね、京くん。…うん、もうしないよ、こんな危険なこと」
泣かせちゃう程だったなんてね…と、神崎さんは素直に、謝罪の言葉と共にそう言った。
別に僕は、謝罪を求めていた訳ではない…謝るのは寧ろ僕の方である。
「でも…」
「でも?」
聞き返す神崎さんから目を逸らして、溢れていく涙をそのままに、僕は呟くように言う。
「………その……助けてくれて…ありがとう、ございました…」
「………ははっ、どういたしまして!」
わざと逸らした視界の先に、満面の笑みを浮かべる神崎さんの顔があった。
事件は人知れず終わった。
少々、謎を残して。
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