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「おはよう、チーくん」
朝目が覚めたチーノに入った光景は、1kのキッチンで髪を結んで朝ご飯を作るAの姿であった。まだ覚醒しきっていないチーノを見てくすくすと笑う。
泣く時は大胆なのに、笑う時は控えめな彼女を見るとどうしようもない感情に包まれた。
チーノは黙って彼女の方に向かう。後ろから背丈の低い彼女を抱きしめて、自分と同じ匂いのする髪の毛に顔を埋めた。
「朝から甘えん坊さんだね」
「…ちゃうわ、あほ」
本気になったら馬鹿な目に合うのは分かっているのに、生温いこの日常に浸っていたい。そんな気持ちが彼の心を占めていく。
.
..
...
彼女の携帯から鳴る通知音でチーノの目は覚めた。
昨日は自分が彼女に無理をさせてしまった。横で眠る彼女の頰を撫でてやれば、規則正しい寝息を立てて彼女はチーノの手に擦り寄るようにしてくる。
まるで猫だな、と笑っている自分に驚きつつ、ぬるま湯のような居心地の良さに上機嫌になって、立ち上がった。
ピコン、
ピコン、
時刻を見れば4時。朝というのには早すぎて、夜というには遅すぎる時間。そんな時間に連続で連絡をするなんて元気だな、とチーノは無意識のうちにスマホに目を向けた。
メッセージの差し出し主の名前には見知らぬ男の名前。
ぬるま湯に浸っていたチーノは全身が一気に冷え込んだ。見たくもないのに、目に入ってしまったその名前。その名前は何度か彼女が眠っている間に消え入りそうに呟いた名前。
そしてメッセージ欄には【俺が悪かった。もう一度やり直さないか】【会いたい】と。
「…はは、これで終わりやね」
寂寞の雨音がチーノの耳に溶け込み、心が空虚となってしまう。笑ったらいいのか、泣いたらいいのか分からない感情を持て余してしまっていて。
考えた末に、チーノはLINEを開くと「さよならしようか」とだけ送った。
Aとのメッセージを読み返し、隣で眠る彼女の幼い寝顔を見ていい女だったと、心底思う。
彼女との緩やかで穏やかな日常は紛れもなく自分を満たしてくれていた。
最後の最後まで、伝えることができなかったが自分は彼女のことを好いていたのだ。
好きな女の幸せを願う、なんて大層なことは思うつもりなんてない。
だけど彼女には雨のような泣き顔よりも、木々の間から差し込む木漏れ陽のような、星が瞬いたような笑顔が何十倍も似合っていた。
チーノは最後にそっと彼女の唇にキスをする。
白雪姫は起きない。
そのキスは、王子様のものではなかったから。
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