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遠い、あの日。ひとりの少年が我が家を尋ね、そして私に奇跡を求めた。ああそうだ。私はあの日も君に応えてあげることができなかったね。ごめんよ。
思えばそれほど遠い日でもないような。裏庭の墓の前で縮こまっていた背中を思い出す。それは今でも鮮明に思い描かれるが、やはり長い時は確かに経ったのだろう。今目前にある背中は私よりも遥かに大きいのだから。
｢ゾム、おはよう｣
｢あれ、今朝は珍しく早起きやな。おはよ、A｣
しゃがみこんでいる丸まった背中に声をかければ、色鮮やかな花に囲まれた墓の前でゾムが自然な笑顔を見せる。それはあの日には見れなかったものだ。私は君の、心の支えとなれたのだろうか。
｢なぁ、A。実は俺、魔法が使えるんやで｣
｢……魔法が？｣
｢おん。せやから俺も魔法使いやねん｣
突拍子もなく訳の分からないことを言うゾムに思わず首を傾げる。ゾムに魔法を扱う素質はないというのに一体どういうことか。
私が疑問してる間に立ち上がったゾムがおもむろに私の片腕を掴み、そしてぐいっと引き寄せた。昨晩と同じく簡単に彼の腕に抱かれ、私の心臓は大きく弾みをみせる。
急激な接近に驚き｢離して｣と声をあげようとしたのだが、その声は音になる前に唇を塞がれたことによって消失した。触れているのは、厚みのないカサついたゾムの唇だ。
｢っ、！……っな、なに、して、｣
｢……んふふ。今、Aに魔法かけたわ。ほら、魔法ってなんや呪文とか必要なんやろ？それと一緒｣
｢は、？｣
｢Aが、幸せになれる魔法やで｣
そんな、でたらめな。しかしゾムは自信ありげに口角を上げ、真っ直ぐな瞳で私を見下ろしている。
｢魔法が失敗しても、俺が幸せにする。だから安心して、自分の気持ちに素直になってや。俺はずっとAの傍で、Aを幸せにし続けるから｣
｢……そんな、無茶苦茶な｣
｢無茶苦茶でええねん。……好きやで、A。これから何十年と先まで、傍にいさせてほしい｣
触れた唇に残された熱が、じわりと心の奥にまで溶け込んでいくように思えた。それと同時に、ひた隠していたゾムへの気持ちがぽろぽろと箍が外れたように溢れていく。
ああ、本当に魔法をかけられてしまったのかもしれない。だって、私は今この瞬間すら幸せだと感じている。その幸せの前では、頭を悩ませていた全てのことがどうでも良くなってしまった。
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