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【中編】13歳、藤原霞 中 ページ10

男女の片方が、探偵なんて危ないのをやらせられるかい、作家にしておきなさい、などと言うのを
聞くとも聞かず、少女は抱えた本を店長の椅子へと持って行く。
店長はしげしげと、本と少女とを見比べながら、「相変わらず渋いのが好きな娘だ」と目を細めた。

「しかし、棗先生の本は良いものだ。それにこの歳で気付くとは、将来が期待できますよ」
そう言って後ろの二人へ遣るのはいわゆる商売人の目というものだったが、
盗み聞いた少女はそんな意図に気付くこともなく、そうでしょう!とばかりにこにこと顔を緩ませた。

「そうでしょうかねえ。けれどこの娘、よく解っていないと思いますよ。
この前だって、“ここの漢字はどう読むの、どんな意味なの”とせがんできて――」
「わ、解ってるもん!それは“翻る”が読めなかっただけだもん。もう読めるもの」
頬を膨らませる仕草に大人たちが微笑する。店長は本を茶色い紙袋に入れながら、
「そうやって大人になっていくんですよ」と愉快そうな声で返した。

「はい、お嬢ちゃん。探偵の活躍を楽しみな」
「うんっ!」

温かな紙袋を、また胸にぎゅっと抱く。
貰いたての紙袋の温度が少女のときめきを熱くして、瞳に光を宿らせる。
今回はどんな事件があって、謎があって、どんなふうに解決するのか。
それを考えるだけでもう、何日だって過ごせそうだ。
開きもしていないのに「読むのが勿体無い」なんて気持ちすら過ぎって、
けれど逸る好奇心がそれを上回り、少女は来た時よりも早足で店を飛び出した。

周囲の景色がやんわりと朱に染まっていく。
濃紫の影が伸び、鴉が帰路を急いで行く。
ゆっくりと流れていた時間が少しずつ終わりに近付き、夜の帳の前触れを見せる。

「転びなさんな。せっかくの本が汚れますよ」
「転ばないもん」
「大事に読みなさい」
「うん!」

車の行き交う音。排気瓦斯の匂い。
ともすれば死すら隣に在りながら、その光景はひどく柔らかい。
水を浸した紙に絵具を垂らしたような、淡い色合いしか解らない。
しかし判然としないながら優しい景色。

顔を後ろに向けると、青色と赤色の着物が目に映ったのを覚えている。
抱える太い文庫本の俄な重さも。

「大事に、大事に読む。何回も読む!」

そう堂々と宣言した頃には、男女は既に夕餉の相談へと話題を変えている。
それに気付けば少女もすっかり夕餉の頭となって「くぅ」と鳴る腹を撫でながら、
先んじていた歩みを緩め、二人の間へと収まった。

【中編】13歳、藤原霞 下→←【中編】13歳、藤原霞 上



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小春(プロフ) - 珈琲さん» 企画主様!閲覧ありがとうございます。(派生作品のご連絡遅れてしまってすみません……!) (2022年8月20日 18時) (レス) id: fb7c2aa482 (このIDを非表示/違反報告)
珈琲(プロフ) - 描写が素晴らしすぎる…!「その赤は激情か」お気に入りです。 (2022年8月20日 17時) (レス) @page2 id: 3ddce89f00 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:小春 | 作成日時:2022年8月11日 21時

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